箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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心理相談:アスベストス

 

 

 ノアの上部、その中心。

 かつて祠が設置されていたその場所は、俺とノアの共同作業により、住民達からの様々な報告や運営に関わっている人達が集まる、ノアの本部と化していた。

 この二階建ての本部には、広報や戦略、財務や編纂など多岐に渡る部署とその用途に適した部屋が存在しているのだが、その中の一つに『執務室』というものが有る。

 

 会社で言うところの『社長室』に当たるもので、住民達からの強い要望によって作られた、俺専用の部屋だ。

 基本的なノアの運営に関わる部分は俺が不在の間に仕組みが出来上がってしまっていたので、することと言えば住民達から挙がった意見や要望の対処、外部から訪ねてきた者への応対くらいしか無い。

 

 少し広めのこの部屋を、普段は持て余しているというのが現状だ。座学などで居ない時間の方が多い状態でこれなのだから、そういったものが終了した場合、どんな風になってしまうのか今から不安で仕方が無い。

 俺がこの部屋に居る間、秘書のように手伝ってくれるビガロとリーヴァにも、先日この懸念について話してみたのだが、二人とも『オーナー様のお役に立てる時間が増えるということですね!』という旨の言葉を返してくれた。

 

 ……二人にも普段の仕事があるだろうし、そうなった場合は負担を軽減するためにも秘書の数を増やす、あるいは秘書が居なくても大丈夫なように仕組み作りをする必要があるな。要検討だ。

 

 ────そして今日はそんな『執務室』に、とある人が来てくれた。

 

 俺の向かいのソファに腰掛け、疲れた様子でこちらを睨んで来る女性──アスベストスさんだ。

 ……どうしよう。不機嫌だということが『共感』に頼らずとも分かってしまう。

 

 

「改めまして、お久し振りですアスベストスさん。ロドスのオペレーターになったとは聞いていましたが、お元気でしたか?」

 

「……任務から帰って来たばっかだから多少は疲れてるけどよ、楽しくやらせてもらってる。…………オーナー、お前は?」

 

「私もこの通り元気ですよ。最近は座学が増えたので、精神的にはちょっと疲れてはいますが……」

 

「そうか……」

 

 

 アスベストスさんからは、安堵を感じた。

 もしかしたらいろいろと、俺の事を心配してくれていたのかもしれない。……やっぱりアスベストスさんは良い人だな。

 

 そんなことをしみじみ思っていると、アスベストスさんの視線が、彼女の横に積まれた物品の数々に注がれていることに気付いた。

 入室の時から持っていた荷物のはずだけれども、一体どうしたと言うのだろう? 

 

 

「ところでその荷物、どうしたんですか? 任務明けからこちらに直接来た、とかでしょうか?」

 

「違ぇよ。つーかそれだ、それ。お前……ここの住民にあたしのこと、何て説明した?」

 

「えっと……?」

 

「何となく見当は付いてるけどよ、ちゃんと答えてくれ」

 

 

 質問の意図が分からず疑問符が浮かぶ俺に対し、アスベストスさんは顎をクイと動かして催促をして来た。

 そういえば意識不明から起きた後、テレジアとアスベストスさんのことについては、一部の住民に説明した記憶が有る。

 

 その時は確か……。

 

 

「ノアに来るまでにお世話になった人──『命の恩人』と説明したと思います」

 

「やっぱりか……!」

 

 

 特大のため息を吐きながら、アスベストスさんは背もたれに身体を預けて天を仰ぐ。

 どういうことなのかと聞いてみれば、彼女は面倒臭そうに詳細を語ってくれた。

 

 アスベストスさんの荷物についてだが、これはこのノアに到着してから住民に貰った物──感謝の贈り物とのこと。

 

 

『オーナー様の恩人とあれば私達の恩人でもあります。ぜひ受け取って下さい』

『アンタが例のアスベストスサンか……。これ、良ければ持って行ってくれ』

『お姉ちゃん、アスベストスサンでしょ? これあげる!』

『オーナー様にご用事ですか? いえ、貴女様なら問題ありませんよ。どうぞこちらへ』

 

 

 しばらくアスベストスさんと会っていなかった結果、一部の住民に伝えていた情報は、時と共に拡散され切ってしまったらしい。

 道中は有名人のごとく声を掛けられ、とにかく何かしらの物品を断り切れずに受け取り、本部への案内や執務室への入室手続きも恐ろしくスムーズだったとは、彼女の談である。

 

 それは、何というか、その……。

 

 

「うちの住民がご迷惑をおかけして、すみません……」

 

「物事には限度ってもんがあるだろ。あたしは帰りを考えるとゾッとするね」

 

 

 呆れたような声音と共に受け取ったのは、意外な感情。

 何でアスベストスさんは、俺に『憐憫』を向けているんだろう? 

 

 

「オーナー、ここの住民達はいつもこんな感じか?」

 

「あはは……。今回はちょっとやり過ぎなところも出ていますが、外部の人に対してなら普段はもう少し大人しいですよ」

 

「…………外部の人に対してなら、ねぇ」

 

 

 そう言って、アスベストスさんは何かを考えるように少しの間目を伏せる。

 そして再び目を開いた時、彼女の感情はより強いものへと変わっていた。

 

 

「────なぁオーナー、聞いて欲しい事があんだけど……良いか?」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 しばらくお互いの近況を話し合った後、アスベストスさんは大量の荷物を背負って部屋を出て行った。

 

 ……それにしても。

 

 

「俺とテレジアさんを含めた三人でユングフラウに登頂か……。本当に大丈夫かな?」

 

 

 アスベストスさんにはかなりお世話になったし、様々なお願い事も聞いて貰った過去がある。

 だから今回、逆にアスベストスさんからのお願いについては最大限善処するつもりだったし、事実『分かりました、頑張ってみます』とも答えてしまったのだが、今になってその回答を少し悔やみ始めている自分が居た。

 

 少なくともその時期が近付いて来てからの回答でも良かった気がする。あとは各方面への相談をした後とか。

 

 一応の約束をした『ユングフラウへの登頂の許可』をペイルロッシュ家が本当に果たすかも未定で、そもそもイェラグに向かうことすら今のところの予定に無い。

 アスベストスさんも話が上手い事進んだらとは言っていたし、今日の話は結局どうなるか分からない口約束に過ぎないだろう。

 

 ……でもやっぱり、またイェラグに居た頃みたいに三人で何かをする、というのは楽しみな部分が有る。

 それに最近は日々の事だけで精一杯で未来の話を全然していなかったから、何だか新鮮な気持ちだ。

 

 

「──よしっ! とりあえず出来る事からやりますかっ!」

 

 

 雪山に登るための鍛錬──トレーニングは早めに始めた方が良いだろう。

 

 ……どこかに詳しい人が居たりしないだろうか? 

 

 

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