「ようこそお越し下さいました。こちらをお上がり下さい、『ノア様』がお待ちです」
眼前の『ノア』から伸びている階段、その始めに辿り着いた私達を迎えてくれたのは、フェリーンの男性だった。
体格やその姿勢から、戦闘関連を任されているであろうことが推測出来る。
こちらの『バベル』に所属していたとしても、前線で活躍出来るだろう。この男が『ノア』の平均かそれとも上澄みなのかは分からないが、質の良い住民が居ることは確かだった。
テレジアとケルシーに続いて、階段を登る。
(私の記憶が正しければ、『ロドス』で『ノア』を観測した際、こんな階段は存在しなかった)
脚のような部分を除けば高さ2、30メートルは下らないであろう『ノア』に、突如として掛けられていた階段。
材質は金属に近く、構造を見るに折り畳むような機構も存在しない。これは一体どこから出て来たのか?
ポケットに入れておいたナイフで、コッソリと手すりを削る。
(一般のナイフで傷が付く。未知の物質では無さそうだ)
正体不明の相手。どんな些細な情報でも今は欲しい。
普段は戦場で発揮する思考を、常に回転させあらゆる事態を想定する。
だがしかし、『ノア』の上部で待ち受けていたのは私の想定を超えるものだった。
階段を登り切り、進んだその先にあったのは、テーブルとイスが三脚。
テーブルの向こうには、先の住民より明らかに手練れと分かるペッロー・ヴァルポ・サルカズの女性が居た。
特にサルカズの女性に至っては、異様な雰囲気を醸し出している。
──だが、それよりも。
その3名を傍に控えさせ、中央に鎮座しているあの祠は何だ?
意匠は『極東』で見たことのあるものに近いが大きさはそれほどでもなく、人が数名ほどしか入れそうにない。
中から『人』の気配は感じない。
あるのは『そこに本来在るべきモノではないモノが在る』という、強烈な違和感だけだ。
(……さて、どう口火を切るか)
膠着の中、その思考を巡らせた瞬間、祠から無機質な音が響いた。
『 ロドス カンゲイ ヨウコソ 』
『 チャクセキ スイショウ 』
人間味の無い機械的な音声。
いや、そんなことよりも。
(何故、その名を……!)
私だけでなく、テレジアとケルシーにも緊張が走ったことが、視線を向けなくても分かった。
『ロドス』の名は『バベル』の者なら誰もが知っている名だ。それもそのはずで、私達が使用している移動艦の名前のことだからだ。
だがしかし、私達3人だけは別の意味があることを知っている。
いつか『バベル』は、『ロドス』を名乗るということを。
発案者はテレジアで、それを聞いたのは私とケルシー以外に居ない。
限られた3名、その全員が揃っているという状況での『ロドス』という発言。
(何を、いや、どこまで把握している……?)
あらゆる可能性を考えれば、何もかもを知られている可能性も否定できない。
今この時でさえ、こちらが情報を探っているように、相手も『見て』いるのだ。
警戒を強める私達を他所に、祠からは音声が続く。
『 サガ フロストリーフ シャイニング チャクセキ スイショウ 』
瞬く間も無く、出現したイス三脚。
アーツの気配も、音すらも、無かった。
何事も無いように座る3名を見れば、それが日常茶飯事であることが明白だ。
(──気を引き締めなくては)
『ロドス』よりも小型の拠点。
観測した際に確認した建築物の水準は都市部のそれらほどではなく、住民の装備もごく一般的なものだった。
そのつもりは無かったが、どこかに驕りや油断があったのだろう。
だが今は、無い。
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「……まず初めに、突然の訪問を許して頂けたことに感謝します。私はテレジア。こちらのケルシー、そしてドクターと共に、カズデルでバベルという組織を運営しています」
「この近辺に『ノア』という存在が居ると聞き、伺った次第です」
「あなたが、その『ノア』ということでよろしいでしょうか?」
イスに座った殿下は、そう切り出した。
どうやら『ロドス』という発言の部分には言及しないことにしたらしい。
突いても突かれても面倒な話題だ。主たる目的と関係も無い以上、賢明な判断だと言えるだろう。
殿下を挟んで反対側に座っているドクターも何も発さない。私と同様にとりあえずは静観することに決めたらしい。
『≪ノア≫というのはこの拠点の名前で、私はただの所有者に過ぎません。私のことは≪オーナー≫と呼んで下さい』
返ってきたのは、先程までとは似ても似つかない人の声。
(明らかな肉声……。声質は男性に近いな。最初の機械のような音声は何だったんだ? いや、それよりも──何故護衛が動揺している?)
機械のような音声からの、急な転換。怪しいことこの上ない。
ただそれ以上に、祠の傍に控えた者達の方が動揺しているのが、あまりにも奇妙に思えた。
(この『オーナー』とやらは、普段は自ら喋ることがあまり無いのか? 珍しい、という反応にしては大げさな気もするが……)
考えたところで答えは出ず、殿下とオーナーの対話は続いていく。
「……それではオーナー、あなたにお聞きしたいことがあります。こちらに見覚えはありますか?」
『 データ アリ 』
「私達はこの薬を協力者から頂きました。これを作製した人物、あるいはその組織を探しています。何か心当たりはありませんか?」
『 コウテイ サクセイシャ ノア 』
「っ!? ……やはり、そうでしたか」
『 ライホウ モクテキ チシキ スイソク 』
「あなたの推測する通り、私達の目的はこの薬に関することです。要求があれば呑みます。教えて頂けますか?」
『こちらには、そちらの全ての要求に応じる用意があります。そして私は、それに見合うだけの対価を求めます』
ノータイムの返答。
表情に出す訳にはいかなかったが、心の中で私は思わず笑ってしまった。
このテラに蔓延る鉱石病という悪魔を祓える可能性がある薬に対し、同等の対価を求めるというのか?
(そんなもの、あるはずが無い)
実質的な拒否宣言。疑うべくもない。
もう一つの可能性も瞬時に脳裏に浮かんだが、そちらにも救いは無さそうだ。
(もし、この発言が迂遠な表現ではなく本心なのだとしたら、私達を、テラの世界を、知らないにも程がある)
それはつまり、この相手は『人ではない』ということ。
あるいはこちらを『人として見ていない』ということ。
(撤退だ。人ならざる者が素直に帰してくれるとは到底思えないが……)
言葉は交わさずとも意見は一致しているらしい。
敵意の気配を滲ませ始めたドクターと連携し、どう切り抜けるべきかを思案するしかない。
通常であればこの会談はここで終わり、私達は失意の帰途に着いていただろう。
だがそうはならなかった。
ただ一人、違う何かを感じ取った者が、『バベル』には居たからだ。
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「──こちらからは専門的な知識を持った人員、交易によって入手した各国の物資、『バベル』における様々な研究データを提供出来ます」
「ドクター、端末を私に」
「……こちらのリストがその一覧になります。確認は出来ますか?」
『 ブッシ ショモウ 』
(最初の問いかけは肉声。具体性の無い提案も肉声。今回は機械音声……。選択肢として提示したからかしら?)
「対価は何を頂けますか?」
『 クスリ リョウ ヒレイ 』
「……どのような物資をお求めですか?」
『 タネ カチク ゲンリョウ 』
「何に使うかお聞きしても?」
『住民達の生活向上に利用します』
(物資の名称ではなく総称での返答。単純な受け答えが出来ないものは肉声……)
「……食品自体は必要ではありませんか?」
『 フヨウ 』
「分かりました。早速手配します。双方の確認のために人員をお借りしても良いですか?」
『 キョカ 』
「どなたを連れて行けばいいでしょうか? そこの護衛の方々ですか? それとも住民のどなたかですか?」
『住民を。誰でも構いません』
(住民、の一言で済ませない? 私が『住民のどなたか』と言ったから? 選択肢が多過ぎても肉声、ということ?)
「……私達は知り合ったばかりです。より深い相互理解のために、この会談の後もお時間は頂けますか?」
『 キョカ 』
「ありがとうございます。こちらは数日程度であれば滞在が可能です。──よろしくお願いします」
『中々強引な方のようですね。こちらこそよろしくお願いします』
(最初に具体的な時間を出さず、後から追加の情報を出した場合は肉声。いえ、会話の締めの部分だからという可能性も捨てきれない)
(……確定ではないけど、条件は何となく見えてきたわね)
(おそらく『ノア』と『オーナー』は全くの別。そして『ノア』と『オーナー』は対等の立場じゃない)
(『ノア』は少なくとも人ではないでしょう。でも『オーナー』はきっと人なのでしょうね……)
≪Tips≫
変換前記録:
「栽培と畜産ですね。原料は設備や建造物に使用します」
「住民を何名か連れて行って下さい。皆働き者ですよ」
「数日、ですか。お手柔らかにお願いします」