「オーナー殿、実は折り入ってお願いしたいことがあるのだが……」
たとえ焼け石に水のようなものだとしても、自衛手段を覚えておいて損は無い。
そんな理由から始まった週に何度か開催されるサガとの戦闘訓練で、疲労で仰向けに倒れ込んだ俺を覗き込むようにして、サガは声を掛けてきた。
この体勢で対応をするのは相手に失礼だと思って起き上がろうとしたのだが、「そのままで大丈夫でござる」という言葉と共に胸に添えられた手によって、俺は再び地面に背を預けることとなった。
これは決してサガの手を押し戻す力が俺に無かったという訳では無い。疲労さえ無ければ何事も無く俺は体を起こしていたことだろう。
「サガが私にお願い事だなんて、珍しいですね。どんな内容ですか?」
問い掛けてみると、返って来た答えは何とも不思議なものだった。
それは要約すれば『俺の一日に同行させて欲しい』というもの。
どこかの休息日で一日付き合って欲しい、といったお願い事なら、フロストリーフやケオベ、ドクターやロゴスさんといった面々から言われたことが有る。
でもこういった逆のパターンは初めてのことであった。しかも確認してみたのだが、休息日ではなく通常日で問題無いとのこと。
お願い自体は問題無く叶えられる。
普段から護衛や秘書のような形で誰かしらが俺に付いているし、サガがそれに加わるだけなのだから。
……多分というか、ほぼ確実につまらないだろうけれども、サガはそれで良いのだろうか?
「うむ、拙僧は確認したいことがありまする。オーナー殿は普段通りに過ごして下されば良い」
何度か聞き直してみてもサガの気持ちは固いようだったので、それ以上は追及しないことにした。
その場で日取りを決めると、サガが淡く微笑む。
「快諾頂き感謝申し上げる。……楽しみでござるな」
言葉とは裏腹にサガの感情には『迷い』や『戸惑い』があって、それが何だか不思議だった。
────────
────────
そして当日。
約束通り、サガはずっと俺の傍に居た。
本部の執務室で仕事をしている時も、住民との交流やノアの付近を視察する時も。
時間に暇が出来た時は普通に会話もしたし、昼食も一緒に食べた。
普段と何ら変わらない日常。
いつも通り今日の分の仕事を終え、俺はノアの内部……自分の家へと帰って来た。
「ほほう……! どうやら台所は拙僧が使用するに申し分無い様子……」
「……何かお手伝い出来ることはありますか?」
「気持ちだけで十分でござる。オーナー殿は椅子に座ってお待ちを」
────サガと一緒に。
まさか『一日に同行する』の範囲が、ここまで及ぶとは思わなかった。念のため聞いてみたが、今日はここで夜を明かす気も満々だったらしい。
僧として、いろいろな部分は大丈夫なのだろうか?
疑問には思ったがサガ曰く、任務で外に出れば男女の区別無く雑魚寝することも多々あるとのこと。
しかもよくよく聞いてみれば、幼い頃に引き取られた寺で育ち、そこで過ごす中で教えを受けただけであるから自身は真の僧侶では無いと、サガは言った。
……そういう問題なのか? いや、そういう問題じゃないよな?
最終的に、俺が嫌なようであれば家の外で寝るのでも構わないと言われ、流石にそれをさせるのは申し訳無さが勝つということも有り、サガは遊戯室を使用するということで決着となった。
椅子に座って待つ間、することも無いので台所に立つサガの後姿を見る。
自前のエプロンを着用し、邪魔にならないよう長い髪を結んだサガの姿は、どこか新鮮だった。
「……視線を感じるでござるな、オーナー殿。拙僧などを見ていても、面白くないのでは?」
「すみません、失礼しました」
「いや、謝る必要は無い。無いのだが……気になってしまう故、拙僧が気付かないようにしてくれると助かる」
手際よく料理をしていたサガが、こちらを振り向いた。
その頬には僅かばかりの朱が差しており、ジロジロと見られたことが恥ずかしかったのかもしれない。
武人のようなことを言われたが、気配を絶つ方法など俺は知りもしない。
そのためそれからも何度かサガは振り向き、その度に俺と視線が合うことになる。
途中から気付くかどうかをゲームのように試し、サガもその意図を察したのか「これはこれで良い修行になりそうだ」と言って楽しんでいた。
そして夕食には、純和風の料理が並んだ。
その美味しさに舌鼓を打ちながらサガを褒め称えると、彼女は作った甲斐があると嬉しそうに笑った。
とても。
とても懐かしい味がして、涙が出そうなくらい美味しかった。
────────
────────
「……やはり、分からぬな」
夕食後、寝るにはまだ早い時間ということもあり、オーナーとサガの二人は遊戯室で時間を潰すことにした。
極東由来のボードゲームで遊び、日中に話すことが出来なかったお互いの近況を語り合う。
サガが少し踏み込んでオーナーの過去を聞こうとしたが、その表情に難色が浮かんだのを見てすぐに止め、代わりと言わんばかりに自身の過去を話す。
そして時は過ぎ、ノアの住民達も眠りにつく頃。
うつらうつらと舟を漕ぐオーナーを視界に収めながら、サガはポツリとそう呟いた。
(心の靄は幾分か晴れた。だが、何故こうも)
足を崩した状態のまま小さく寝息を立て始めたオーナーの顔を、サガはそっと覗き込む。
見た目よりも大分成熟した性格と感覚を持っているとオーナーを評しているサガも、そのあどけない寝顔からは相応のものしか感じ取れない。
サガは、ここ最近オーナーと接する度に感じていた己が気持ちを確かめるために、今日の計画を立てた。
自身の確認のためなのだから、オーナーの時間をわざわざ頂くのは申し訳無いと思い、通常の日を選んだ次第である。
その結果として、ますますサガは混乱することとなった。
修行によって心身を鍛え、書を読み知識を蓄え、他者と交流し経験を積んだ。
そうやって生きてきたサガでも分からない、未知の感情。
(もしやこれが俗に言う『恋慕の情』かと思いもしたが、どこか違う気もする……)
知識によれば、他者の言によれば、サガ自身の認識によれば。
ソレは清く美しく、尊ばれるべきもの。
だが、サガの内に時折現れる感情は、その性質を有していない。
むしろそれは教えに於いて克服すべきもの──『煩悩』と呼ばれるものに近かった。
「────オーナー殿」
座ったまま眠りに入ったために、バランスを崩して倒れ込んでしまったのか。
それともサガが無意識に、オーナーの体を自身へと引き寄せてしまったのか。
その答えは、サガにしか分からない。
だが一つの事実として、サガはオーナーをそっと抱き締めた。
心のさざ波が時間と共に落ち着きを取り戻していく。
しかしそれも、肩口に口元を埋めたことで、再び騒がしくなった。
(もう少し、このままで……)
オーナーを起こし、部屋へと送る。造作も無い簡単な事。
頭では分かっていても、取るべき正しい行動やその思考が、オーナーにつられたかのように微睡みへと溶け込んでゆく。
そうしてサガはついに睡魔に負け、意識を闇に落とした。
――――幸せそうな、微笑みと共に。
アフターストーリー
『レユニオンとの交流 計画(破綻)編』が解放されました。
『交流:ミュルジス』が解放されました。
回想秘録
シャイニングの『痕』が解放されました。
テレジアの『 』が解放されました。