「えーと……それでは早速、私に関する説明会を行いたいと思います。ミュルジスさんも既に御存じの部分が有ると思いますが、確認と思って聞いて頂けますと幸いです」
「………………」
「……あれ、ミュルジスさん?」
「……さん?」
「…………ミュルジス。これで良いですか?」
「ええ、良いわ。ライン生命主任陣の質問攻めを一緒に乗り切った仲じゃない。堅苦しいのは無しにしましょ?」
ノア内部に急遽建てた実験室にて、俺とミュルジスは机を挟んで向かい合う。
説明を始める前段階でミュルジスはそっぽを向いていたのだが、意図を察して呼び捨てにしたところ、彼女は嬉しそうに笑ってようやくこちらへと向き直してくれた。
シエスタでミュルジスと別れてからしばらくの間、中々接する機会が訪れていなかったのだが、その機会はつい先日、あまりにも唐突に発生した。
『──オーナー! あと数日でうちの主任達がここに来るから、対策を練るわよ!』
事前に届いていた手紙によってミュルジスがノアを訪れることは知っていたのだが、当日出会った時の彼女は焦りに焦っているようだった。
再会の挨拶もそぞろに、ケルシー先生などの有識者が集められ、連日連夜の話し合いが行われることとなる。
『アポイントメントを取ってから出直して下さい』と言って一蹴するには、訪れる面子のせいで難しいということが分かり、むしろここでパイプを持った方が長期的に有利と判断されたのだ。
そうして十分に対策を練った状態でライン生命の方々を迎え、玄人質問によって俺がボロを出すこと数回、何とかかんとか無事に乗り切ることが出来た。
結果だけ見れば、ライン生命からノアへの支援及び協力を取り付けることが出来たので、大成功と言って差し支え無いだろう。
……俺単体か、ノア及び住民込みで、クルビアのトリマウンツ──ライン生命の本社があるところだ──をいずれ訪問しなければいけなくなったという事実には、少しの間目を瞑ることにする。今から考えても疲れるだけなのだから。
──そして今日。
いろいろとサポートに回ってくれて、ライン生命との橋渡しのためにこちらに残ることとなり、今後も付き合いが長くなるであろうミュルジスに、俺自身の身体や特性などを打ち明けることにした次第である。
シエスタに居た時やライン生命との対応の際にもいくつか開示したことは有ったのだが、洗いざらい話すのは初めてだ。
全部知っているのはフロストリーフ達やノアの一部の住人を除くと、ケルシー先生やドクター、アーミヤさんやテレジアさんくらいしか居ない筈である。……ああ、あとクロージャさんも一応知ってるか。
つまりその輪の中にミュルジスが新たに加わることになるのだけれど。
何だろう? おかしいな。
ニコニコと楽しそうに聞いていたミュルジスの表情はどんどんと固くなっていき、しまいには頭を抱えて机に突っ伏してしまっていた。
「……何か質問とかって有りますか?」
恐る恐る聞いてみれば、ミュルジスはゆっくりと頭を上げる。
少し涙目になっており、伝わってくる感情には怒りと呆れが多分に含まれていた。
「シーボーンの要素がまだ可愛いくらいだなんて、思いもしなかったわよ……」
「個人的にはシーボーンの部分が一番問題だと思っているのですが……違うんですか?」
「実態は置いておくとして、適応や進化は傍から見ても分からないから余程の事が無い限り大丈夫のはずよ。でも言語の自動翻訳にサンクタみたいな共感は、気付く人は気付くだろうっていうレベルなのが厄介ね。オーナーがそこから芋づる式に情報を引き出されるのが見て取れるわ」
「私が頑張って口を噤めば、それ以上の事態にはならないってことですよね?」
「……オーナー、誰にだって向き不向きはあるのよ? 出来ない事は恥ずかしい事じゃないわ。オーナーは他の部分で頑張ってるじゃない」
まるで子を諭すかのような面持ちで、ミュルジスは俺に微笑みを向けてきた。
十有る内の二から三で収めるくらいの自信は有るのだが、ミュルジス的には零が理想なのだろうか? 判定が厳しいな。
「そもそも実態が知られた場合、エネルギー関係の方が厄介ね。フェルディナンドに知られたら面倒は確実……いえ、どの課の主任でもそれは同じかしら……」
難しい顔をして眉間に皺を寄せるミュルジスからは、俺への心配が強く伝わって来る。
……でも、その、ごめんなさい。
まだもう一つ、話さなければいけないことがあるんです。
「それで、説明は一旦これで終わり? 考えなくちゃいけないことはたくさん有るけど、せっかくの機会だもの。私ともっと────」
「────いえ、これで半分です。もう一つ、説明することがあります」
今度は私の事ではなく、この『ノア』に関する事です。
俺がそう言った時のミュルジスの表情は、これ以上厄介事が増えるのか、という軽い絶望が見て取れた。
わざわざノア内部に実験室を作ったのも、どちらかと言えばこの『ノア』に関する話のためである。
口では説明し辛い部分もあるし、実演を交えてミュルジスに理解して貰うこととしよう。
聡明なミュルジスでも流石にキャパシティを超えてしまったのか、説明が終わった後も彼女はしばらく、疲れ果てた様相を呈していた。
普段は抱えるばかりで誰かに自由に話すことが出来ない。
ミュルジスには話しても良い、という許しを得た解放感から、俺もちょっと羽目を外し過ぎてしまったかもしれない。
謝罪と聞いてくれたお礼も込めて、逆に何かして欲しいことは無いか尋ねてみたところ、ミュルジスは長時間悩んだ末に「今度買い物に付き合って」と返して来た。
それくらいのことなら全然大丈夫だったので二つ返事で了承したが、よくよく考えてみればノアにはミュルジスが満足に買い物出来るようなお店は無いと思うし、どうしたものか。
……今度フロストリーフ達に、何か良い案が無いか聞いてみるとしよう。