「────指定のポイントまでは自動で、障害物やトラブルの可能性が有る場合は私を呼んで下さい」
≪命令を受諾しました≫
ノアを起動し移動を開始してから早数時間。
収容出来るスペースの関係上、残していかざるを得なかった住民達に盛大に見送られたのが、つい先ほどのことのように感じてしまうほど、俺はノアの操作に四苦八苦する時間を過ごすこととなった。
だが自室に籠って専用端末とにらめっこした甲斐はあり、最初は立っていられないほどに感じていた移動による揺れも、今は全く発生していない。
ノア内部や外殻の構造、移動に関する細かい部分などを調整したおかげだが、俺の功績と言えるかはかなり微妙なところだ。
端末の画面にはジャイロスタビライザーとかアンチシェイクとか慣性の相殺だとか専門用語みたいなものが夥しく並んでいたが、俺はただノアに『良い感じにお願いします』と言い続けていただけなのだから。
……これで俺の意をちゃんと汲んでくれるノアって、凄いのではないだろうか?
元々凄いとは思っていたが、今回の事も足すとその思いも増す一方である。
「ところで皆さんから何か連絡は来ていますか?」
≪全87件届いています。その内特に多いのは個体名:テレジア及び個体名:ミュルジスで────≫
ノアの住民はもちろん、協力関係にあるロドス、そして今回ノアに乗っている他国の人達。
彼等には一人一台とはいかないが、トラブルや状況の報告、何かしらの要因で発生した要望などを聞くために、ノア専用の回線を使用出来る端末を事前に渡している。
何か有ればお気軽にご連絡下さいとは確かに言ったが、ノアによって読み上げられるメッセージの数々に、俺は思わず苦笑いしてしまった。思っていた以上に皆さん遠慮が無さ過ぎる。
「えーと、生成が必要なのは直接出向くとして……こちらを心配している人達には安心させるメッセージをお願いします。ノアに関する質問関係は、事前に設定した機密事項に触れるもので無ければ適当に答えて下さい」
≪かしこまりました。57件に関しては同一人物分を統合し、メッセージを送信します。質問等に関しては適当に回答を行います≫
「……私個人に関する質問は回答を禁じます」
≪かしこまりました≫
様々なサポートを行ってくれるノアだがその内容は機械的なものが多く、指示や要望には最大限応えようとしてくれるが、融通が利かない事も多々存在する。
今だって回答の禁止を設定しておかなければ、他者からの俺に関する質問にノータイムで答えていたことだろう。これは以前ロゴスさんによって実証済みである。俺の個人情報の一部が流出した、実に苦い思い出だ。
「さて、と」
椅子から立ち上がって伸びを一つ。
生成が必要と思われる連絡は、ラテラーノと龍門の人達から来ていた。内容も似たようなものであったし、対処方法もいくつか思い付いているので何とかなるだろう。
今回の遠征のためにノアの内部はその様相をガラリと変えており、俺が今まで過ごしていた家も自室を除いて、まるで基地や本部と言ったような外観を成している。ノア内部の中心に設置されたこの建物にはノアの住民や護衛の皆さんが居り、遠征の間の様々な仕事もこなしてくれる手筈だ。
後は若干の距離を置いて周囲に、他国の人達の滞在用居住区や食料確保のための栽培区などを展開している。デッドスペースのような不自然な部分ももちろんあるが、今回の遠征を機にそれらも埋められていくことだろう。
他者から見れば不格好かもしれないが、何せ初めての遠征。変に見栄を張って無理に整えて侮られるよりも、目の前で生成能力を披露して随時補った方が、印象を与える上で効果的だという結論をケルシー先生達と話し合って出した次第である。
身だしなみに問題が無いかを鏡でチェックしてから、自室を出る。
安全面の配慮から作られたセキュリティ装置満載の通路を歩き基地の廊下へと出る扉を開けると、待機していたのであろうリーヴァとビガロが、こちらに気付いて駆け寄って来た。
「「──お疲れ様です、オーナー様」」
「二人ともお疲れ様です。すみません、ノアの操作に少々手間取ってしまいました。早速で申し訳ありませんが、要望が届いているので居住区の方へ向かいます」
二人と言葉を交わしながら、廊下を歩く。
以前の移動とは比べられないほどに揺れを感じないことに、リーヴァとビガロの二人は驚きと称賛の言葉をくれた。
大袈裟だとも思ったのだが、届いていたメッセージのいくつかにはトラブルが起きてノアが停止したのかと心配する内容のものもあったし、この反応は正常なのだろう。
今までに何度か移動による揺れを味わっているが、この世界の人達の体幹能力の高さには驚くばかりである。
道の多くは舗装すらされていないものが多いので車両か移動艦かを問わず揺れが激しいのだが、慣れているのか気にならないのか、船酔いのように具合を悪くする俺を他所に、皆さんは平気そうな顔をしていた。
今は流石に慣れたので具合を悪くすることは無いが、衝撃で身体を痛めることはそれなりに有る。
余談だが、これをシャイニングに報告するとハチャメチャに心配されるので、最近は報告を控えるようになった。……揺れによってバランスを崩し、ぶつけて軽く痣になった部分を発見された時は大変だったけども。
(まずはラテラーノの皆さんの方に行って、その後は龍門の皆さんの方に行こう)
建物の外に出ると、俺の背後、数歩ほど離れたところに、気配が二つ急に生まれた。
振り返らずとも向けられた感情で、俺はその気配の主が分かる。
紆余曲折が有って今回の遠征における護衛を引き受けてくれた、チョンユエさんとグレイディーアさんである。
事前の取り決め通り、俺の護衛として付いて来てくれるのだろう。
二人とも相当に強い方なので安心出来るのはありがたいのだが、気配の遮断と高速の移動はほどほどにして頂きたい。
「ひっ!?」
「──っ!?」
リーヴァとビガロが初めて見るレベルで驚いてるので。
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「そうですよね。移動しているか分かり辛くて不気味ですよね……」
「────こんな感じでいかがでしょうか?」
「えーと、外殻にカメラを作製して内部の壁をモニターのようにしました。リアルタイムで外の景色を映し出しています」
「ガラスなどの透明な素材にも出来るんですが、耐久性に不安が残りますので……」
「はい、天井も同じ原理です。モニターなので雨が降っても水浸しになったりはしません。ご安心下さい」
「……天井も壁も無い状態は視認性が良過ぎて落ち着かない、ということでしょうか?」
「確かにその通りですね。分かりました。一部戻してみますので、丁度良いと思う状態を教えて頂けますか?」
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「どうでしょうか? ラテラーノの皆さんと同じように、景色の問題は解決したように思うのですが……」
「はい、それなら良かったです。他に要望はありますか?」
「身体を動かすことが出来る施設、ですか。トレーニングジムのようなもので良ければ可能です」
「────こんな感じでいかがでしょうか?」
「……皆さんどうかしましたか? 御覧の通り中の器具にも問題は無いはずです。追加して欲しいものがあればご要望下さい」
「もしかして他の方々の事を心配しているのでしょうか? ご安心ください。不公平にならないように同じものを、他国の方々の区画にも建設しますから」
「え? そうじゃない……?」