ノア内部、ラテラーノの使者達が滞在する区画に設けられた談話室にて。
ノアやオーナーと関わりが無く、公平で客観的な意見を持つことが可能という理由によって、今回の遠征における使者の一人に選ばれたサンクタの青年──フェデリコは、集まった他の使者達が朝のミーティングを終えて部屋を後にしていく中、同僚であるレミュアンへと声を掛けた。
彼から話しかけてくるとは珍しいこともあったものだと思いながら耳を傾けたレミュアンは、フェデリコの言葉に目を丸くした後、困惑の表情を浮かべながら談話室の外へと出て行く。
それから少し後、レミュアンは談話室へと戻って来たが、その後ろにはモスティマとフィアメッタの両名を連れていた。
「急な呼び立てに対応して頂き感謝します、モスティマ親善大使。……フィアメッタ、あなたは何故ここに?」
「……その役職で呼ばれるのはむず痒さがあるから、フェデリコ執行官さえ良ければ呼び捨てにして貰えないかな? それとフィアメッタについては──」
「──私の任務はモスティマの監視だから付いてきただけよ。邪魔なようなら部屋の外で待機するわ」
「いえ、任務であるならば問題ありません。……お二人も無関係という訳では無いので丁度良いでしょう」
同じラテラーノという枠組みとはいえ、モスティマと他の者では様々な事情によって、立場やその他の諸々が大きく異なる。
そのため朝のミーティングにも参加せず、今日も今日とてオーナーのところにでも遊びに行こうかとモスティマは画策していたのだが、彼女が行動するよりも早く、フェデリコに頼まれたレミュアンによって捕まることとなった。
呼ばれた理由を思案するモスティマ、その後ろで彼女を見守るレミュアンとフィアメッタという構図の中、フェデリコは普段通りの平坦な口調で言葉を発し始める。
「お呼びしたのは情報の共有と任務の通達のためです。ノアやオーナーと関わりが深いあなた方を除いたメンバーで昨晩協議した結果、オーナーに対する接触をあなた方──特にモスティマ、あなたへと一任することになりました。ただしあくまでオーナー個人との接触に関する部分に限定し、ノアを含めた貿易や交流についてはこれを含みません」
「……昨日の夜は何だか騒がしいとは思っていたけど、そんなことを話し合っていたのね? それで、具体的にモスティマは何をすればいいのかしら?」
「僭越ながらフィアメッタによるモスティマの行動記録報告を一部読ませて頂きました。オーナーとの友好関係を築けているようで何よりです。最終目標は『オーナーをラテラーノに招待する』こととなりますので、本人やノアの住民から不満や疑いを持たれないよう、快諾して頂ける段階まで仲を深められれば重畳といったところでしょう」
レミュアンの質問に、フェデリコは淀むことなくスラスラと答えた。
それを聞いたモスティマが、とりあえずは今まで通りの接し方で良さそうだと考える一方で、黙っていたフィアメッタがとある疑問を投げ掛ける。
「ちょっと待ちなさい。オーナーからは既にラテラーノとの交流について良い返事を貰えているわ。住民達との関係も良好と言っていいし、わざわざ改めてそんなことをする必要も無いはずよ」
「……なるほど、語弊があったようで申し訳ございません。『オーナーをラテラーノに招待する』というのは、『オーナー本人に教皇庁へと来て頂く』という意味です。『教皇聖下に会って頂く』と言い換えても構いません」
フェデリコのその言葉に、三人は思わず息を呑んだ。
仮にオーナー本人のみでとなれば、ハードルが恐ろしいことになる。ノアの住民にはサルカズが最も多く、ラテラーノとしては彼等を国内に入れる訳にはいかない。オーナー本人からの強い要望でも無い限り、流石のあの住民達でも反発が生まれることは想像に難くなかった。
彼女達はこの事態が遅かれ早かれ訪れるだろうと予想していたが、もっと段階を踏むものと考えていた。それがいきなりラテラーノのトップが関わることになるのは流石に想定外であった。
「特に期日は設けません。ですが、早いに越した事も無いでしょう。可能ならばこの遠征の完了後に、ラテラーノへと進路を変えて頂くことも視野に入れています」
「地理的観点から見れば効率が良いという訳ではありませんが、それでも一度元の場所に戻るよりかは手間が少ないと考えられます」
「幸いなことにここ数日、オーナー本人と何度か交流をさせて頂いておりましたので、私も微力ながら協力する所存です」
談話室に生まれた緊張感を意に介さず、フェデリコは淡々と意見を述べる。
現教皇の為人を考えればそう悪い事にはならないだろう、とフィアメッタとモスティマは考えたが、オーナーの顔を思い浮かべてその考えを改めた。
無自覚に何か問題を起こす、あるいは起こされるに違いない。と、フィアメッタは内心に呆れと諦めを生み出し、モスティマはどこか楽しそうに微笑んだ。
そしてフェデリコの性格と言動をいろんな場所から伝え聞いているレミュアンは、オーナーと交流しているという彼の言葉に驚愕した。
オーナーからすればどこか遠慮がちな周囲の人々と違って、ズバズバと意見を言ってくれるフェデリコを好ましく思い交流を重ねているという理由があるのだが、誰もそれを知る由が無い。
「……任務は了解したよ。異論は無いけれど、一つ聞いてもいいかい?」
「何でしょうか?」
「私が選ばれた理由は?」
「先日オーナーに対して、あなた方三人の中で一番好感を抱いている方は誰かと聞いた際に、あなたの名が挙げられましたので。より友好を深めるとなれば、オーナーにとって好ましい者が対応した方が遥かに効率が良いでしょう」
「………………」
「────私の用事は以上となります。他に質問が無ければこれで解散とします」
他の誰からも声が挙がらないことを確認し、フェデリコは会釈をして談話室を出て行った。
レミュアンとフィアメッタの方へと振り返ったモスティマは、いつもの飄々とした口調を崩さない。
「……この件でオーナーを揶揄うのも面白そうだよね?」
いつもと変わらないその表情。
だがその両耳が僅かに紅く染まっていることを、レミュアンもフィアメッタも見逃すことは無かった。