「ロゴスさん、お疲れ様です」
「──む、アーミヤか……。この区画に居るとは珍しいな。此処に何か用でもあったか?」
「いえ、特段の用事が有った訳じゃありません。ノアの皆さんのお手伝いの関係で、そこにある倉庫に物資を取りに来ました。……ロゴスさんはどうしてこちらに?」
ノア内部、その一角。
滞在用居住区や栽培区とは別に分けられた、まだ何も正式名称が付けられていないその区画は、主に倉庫などが建ち並んでいるのだが、明確に趣が異なる建物が二つ存在している。
一つは、先日挙げられた要望によってこちらへと移設されたトレーニング用施設。
もう一つは、ノアが移動を開始する前にオーナーが建築しておいた『音楽ホール』である。
リターニアはノアが一度訪れた国であり、何度か交流も行われ協定を結ぶに至っているということは確かであるが、今回の遠征に参加している他国と比べて、これまでに使者や大使などの人員を用いた直接的な交流が行われた記録は少ない。
オーナーもリターニア以外の国からの使者とは事前の面識が有ったが、貰ったリストに載っていたクライデと直接会うのは初めてであり、その他に至っては顔も名前も知らない人物しか居なかった。
「うむ、先程迎えたリターニアの使者達を音楽ホールへと送り届けてきたところである」
「そうだったんですか。……あんなに立派な建物を瞬時に生み出せるなんて、オーナーさんのアーツは凄いですよね」
「聞けばリターニアに存在する建築物を真似たと言っておった。そして実物はもっと巨大だとも」
友好的な態度を分かりやすく表現するにはどうしたらいいか?
考えた結果オーナーは、リターニア人が愛してやまないというものの一つ、『音楽』に着目することにした。気軽に演奏することが出来る施設は喜ばれるだろう、と考えた次第である。
確かにそのオーナーの目論見は一部当たっていた。
予め取り決めていた合流地点に停泊し、リターニアの使者達をノア内部へと招き入れた際、それを聞いた彼等が滞在場所の確認よりも音楽ホールの見学を先にさせて欲しいと願い出たほどであった。
誤算が有るとすればオーナーが参考にした音楽ホールが、かつてリターニアを訪れた際にパソコンの画面に映っていたヴィセハイムの『アフターグローホール』であり、ノアの生成能力によってそのサイズ以外は全てが、全く同じものとして建てられてしまったことである。
リターニアにおいてその名を知らぬ者は居ないとも言える人物、『巫王』。
その『巫王』が建造したものの一つが『アフターグローホール』であると知っている使者の多くは、オーナーの意図が読めず戦慄することとなった。
オーナーは突如として向けられた様々な感情に面を食らうこととなるが、案内を終え護衛も居るから大丈夫だと考えて、早々に帰路へと着いたロゴスには知る由も無い。
「そういえばロゴスさん、いつものあの方はどちらに?」
「……テレジアとの通信機と共に、ノアの上部である。『大事な用事が有る』と、普段よりも些か緊張に満ちた声音であった。……アーミヤよ、そう心配するでない」
ふと思い立ちアーミヤはロゴスの背後やその周囲を見渡したが、彼とよく行動を共にしているロボット──PhonoR-0の姿が見えないことに疑問を抱く。
そしてその疑問を口にしたが、ロゴスの返答はアーミヤの表情を曇らせるものだった。
「リターニアからの使者の中に、縁が深い者が居ると聞いておる。積もる話もあろう。不躾に介入するべきでは無い」
「ですがっ……! ────っ、いえ、そう……ですね」
話の内容の想像はつかなくとも、話の重大さはアーミヤでも理解出来る。
テレジア本人はロドス本艦の方に居るため身の危険性は無いだろうが、その存在が徒に外部へと漏れることが有ればその限りでは無い。
アーミヤは意見を述べようと自身より背の高いロゴスの顔を見上げ、その先を言葉にすることなく吞み込んだ。
幼い年齢に似つかわしくないほどに聡明な彼女は、気付いてしまっていた。
『あのテレジアさんがそれくらいのことを考えていないはずが無い』と。
彼女の種族であるコータス特有の大きな耳が、力無く萎れていく。
それを見たロゴスは目を伏せ、小さく息を吐いた。
アーミヤを元気付けるにはどうしたら良いのかを考え、ふと名案を思い付く。
「我には詳細を知らされておらぬが、オーナーは何か知っている可能性が有るやもしれぬ。尋ねてみてはどうだ? アーミヤよ」
「…………そうしてみます。……ありがとうございます、ロゴスさん」
本当に何か知っているのならそれも良し。仮に知らなくとも、『共感』でアーミヤの感情を理解したオーナーは、何かしらの手を打ってくれるはず。
つまりどちらに転んでもそう悪い結果とはならないだろう、とロゴスは結論付けた。
少し元気を取り戻したアーミヤが、本来の目的を思い出したのか、ロゴスに礼を言って倉庫の方へと走っていく。
そんな彼女の背を見ながら、一件落着と、ロゴスは心の中で満足気にうむうむと頷くのだった。
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「────殿下よ、何故止める? そのオーナーとやらに、真意と覚悟を問いただすだけではないか?」
『……フレモント、あなたは大きな……大きな勘違いをしているの』
「殿下、妾は今のそなたの姿を嬉しく思う。祝福は河谷のバンシー総出で行うと約束しよう」
『ラケラマリン、あなたのその気持ちはとても嬉しいわ。でも、お願いだから説明をさせてちょうだい』
『……………………その、私とオーナーの関係はまだ────』
「……信じられん。そこまでの協力を申し出ておいて、そういった気が無いと? ただの善意だと?」
「──あなや、我らが殿下が片想いを? ……旧き友として助力せねばならぬ。早急にそちらへ伺うとしよう」