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「…………なるほど、ここ数ヶ月の違和感の正体が判明しましたな。────王庭の一席を預かる者として、殿下がご存命であったこと、心よりお喜び申し上げよう」
「……ふむ、妾とて相当な驚愕を御し切れず狼狽えたというのに、そなたはどうやらこの可能性を予期していたらしいな、フレモントよ」
『私に関する情報が漏れないように細心の注意を払っていたつもりだったけれど、リッチの情報網を完全に欺くことは出来なかったということかしら?』
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リターニアの移動艦とノアが合流し、双方が停止して使者の移動と今回の遠征における概要の擦り合わせが行われていた時、ノアの上部ではリターニアから使者として参じたリッチ──フレモントと、ラケラマリンを含むバンシー達によって様々な手が加えられたロボット──PhonoR-0、そして通信機越しのテレジアが一堂に会していた。
何故生きているのか?
今日までどう生きてきたのか?
これからどう生きるつもりなのか?
投げ掛けたい疑問は数多くあれど、現在の状況を鑑みれば昔話や四方山話に興じる時間は優先度が低い。
話の流れと接し方から察するに、予めテレジアが存命であることを知っていたようであるラケラマリンを制し、フレモントはサルカズという種にとって目下一番の問題とも言えるテレジアの兄──テレシスに関することを尋ねた。
テレシス率いる軍事委員会がヴィクトリアの首都ロンディニウムを占領して既に二年が経過しているが、それを包囲している公爵達は、この戦いの功労者がヴィクトリアにおいて覇権ともいえる立場に就けることを確信しているため、互いの抜け駆けの監視や足の引っ張り合い、策略や交渉などにその力を割いており、戦況は停滞の一途を辿っている。
その現状を踏まえた上で、果たしてテレジアはどう動くつもりなのか?
その問いにテレジアは粛々と答えていく。
ロンディニウムへと赴いてテレシスに力を貸すつもりは無いということを。
かと言ってサルカズという種族を救うことを諦めるつもりは無いということを。
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『今回のノアの遠征に乗じて、私が乗っているロドス本艦はヴィクトリアの国境に限りなく近付くわ。そこからロンディニウムに居るはずのテレシスに向けて、呼び掛けを行うつもりなの』
『呼び掛けして伝える内容は主に二つ。私が生きていることと、カズデル復興に着手することよ』
『この情報の精査のために人員を割くのであれば、その分軍事委員会の活動も鈍化せざるを得ないと見ているわ。ヴィクトリアの公爵達の包囲網を抜けることが出来る人員なんて限られているもの』
『でもこれは主目的じゃなくて、あくまで時間稼ぎの一つね。私の目的はその間に……テレシスが決定的な行動を起こす前に、カズデルを復興してしまうことよ』
『各地に居るサルカズを集めること、カズデルの立ち位置を諸国に示すこと……。事が上手く成せば、ロンディニウムがどんな結末を迎えても、少なくともカズデルに住まうサルカズを守ることは出来るわ』
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テレジアの話す内容を一通り聞き、フレモントとラケラマリンの両名は、発生するであろう問題や各々が感じ取った疑問点を彼女に追及する。
何度かの問答を終えた後ラケラマリンは、一応の納得を得られたのかその口を閉ざして黙し、対するフレモントは更にその追及を加速させる。
そして幾度の応酬の果てに、フレモントは一番の疑問を口にした。
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「それだけ入念に準備と検討を重ねているのならば、カズデルの復興は秘密裏に行う方が望ましい。ただでさえ針穴に糸を通すような計画が、更に困難となる要素しか発生しない。わざわざ存在を示す理由をお聞かせ願いたい」
「ロンディニウムに居る多くのサルカズにも、別の道を示したいとでも? 軍事委員会が、受け取った情報を他のサルカズに素直に共有するとお思いか?」
「仮に共有したとして、それを知って離れようとするサルカズをみすみす見逃すほど、軍事委員会は甘い組織では無いでしょうな」
『フレモント、あなたの言葉も疑問も全て正しい』
『軍事委員会はきっとそうでしょうね。…………でも、テレシスならそうとは限らないと私は思っているの』
『根拠も理由も確かなものは一つも無いけれど、私の想いを無下には扱わないって、そう信じているわ』
『フレモント』
『私は、あなたの言葉を実践しようとしているだけよ』
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ノアの住民の案内に従い、フレモントはノア内部を静かに歩んでいく。
その歩みは淀みないものであったが、彼の心中と頭の中は先程交わした言葉とその内容の検討で騒めいていた。
中でも色濃く刻まれているのは、テレジアの最後の言葉。
(…………『未来の希望を一点にすべて賭けてはならない』)
その後の三人の会話は、とある件に触れたことで直前の厳かな雰囲気と打って変わって酷く緩いものへと変貌してしまった。
書物などで知り得た知識を以ってアドバイスをしようとするラケラマリンと、そっと見守っていて欲しいと言わんばかりにやんわりと断るテレジア。
その空間に耐えられず一足先にノアの内部へと入ることを決めたフレモントだったが、そちらもまた重要な問題であることを彼はしっかりと理解している。
(これもまた希望の可能性の一つとでも言うのか? ……嘆かわしい)
当人達の間の問題であるが、テレジアの立場や状況を考えるとそのような一般的な理屈は一蹴されてしまうだろう。
殊更に協力する訳では無いが、完全な無視を決め込むことも不可能であると、フレモントは結論付けた。
だがそんな彼の思考も気遣いも、『それ』を目の当たりにして崩れ去ることとなる。
案内の先でフレモントはかつての友である巫王、彼の作品とも言える『アフターグローホール』を目にし、その眉間の皺を深くした。
「フレモント先生、少しよろしいですか?」
「……クライデ、どうした?」
「オーナーから聞いたのですが、彼の頭の中で特定の旋律が流れることがあるみたいなんです。僕達と似た現象だと思うのですが……」
「………………そうか」
音楽ホールの前で立ち尽くしていたフレモントは、諸事情によって関わりの有る青年の一人──クライデの呼び掛けに応える。
そしてクライデの言葉を聞き、その眉間へとかつてないほどに皺を寄せることとなった。
(……この建造物をこれだけの人数に知られた後では、隠し通すことは不可能に近い。例えオーナーがそうであっても、そうでなくとも、女帝の判断を仰ぐ他無いだろうな……)
この瞬間、オーナーの知らない内に一つの事項が確定した。
────リターニアを治める双子の女帝、彼女達の下への連行である。