箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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レユニオンとの交流②

 

 

「────タルラ、ノアへ出発する前にお前に伝えることがある。……そう睨むな。私の入室を許可したのはお前自身だろう?」

 

「……コシチェイ、お前だと分かっていれば私は応じなかった」

 

「公の場で口走ってしまわぬよう私の事はコシェルナ、あるいはフィオレットと呼ぶよう再三に渡って促しているというのに……全く強情なものだ」

 

「言いたいことはそれだけか? 用が無いのならここから早々に立ち去ってくれ」

 

 

 ノアとレユニオンが合流したその翌日の早朝。

 移動都市レユニオンに建てられた本部基地の一室で資料を読み込んでいたタルラは、ノックの音に反射的に応じてしまったことを悔いていた。

 

 不愉快さを隠そうともしないタルラの態度に慣れているのか、部屋に入って来た黒衣に身を包んだ白髪のリーベリの女性──コシェルナは、動じることなく自身の用件を口にし始める。

 

 

「資料に目を通したのならば理解していると思うが、今回の貿易における作業の大半がノアへの資源の運び込みと、対価として得る物品の受け取りに割かれる以上、お前や私などの幹部の立場に居る者達は時間を持て余す事態となった」

 

「行動計画の部分は確認した。食事会やお互いの都市の視察……、その他にもいろいろと書かれていたが、要は交流に重きを置くことにしたということだろう?」

 

「やはりその程度の認識か、タルラよ。どうやら私がここに足を運んだことは正解だったらしい」

 

「……何が言いたい?」

 

「単なる友人や友好都市のような関係に収まろうとするな、と言っているのだ。お前が真に目指すべきは────オーナーの伴侶だ」

 

 

 コシェルナの言葉に、タルラは思わず目を剥いた。

 先程まではなるべく視界に収めようとしなかったコシェルナの方にしっかりと首を向け、聞き間違いを疑って今しがたの言葉をしっかりと吟味する。

 

 だがどう解釈をしてみても、その言葉の意味が変わることは無い。

 何度か声を発しようとして失敗し、頭痛を耐えるかのように眉間に手をやって、ようやくタルラは言葉を紡ぎ出すことに成功した。

 

 

「何故っ、そんな話になるっ……!」

 

「何を狼狽えている? 最近はその数を減らしてはいるが、貴族などの有力者同士の婚姻は珍しいものでは無い」

 

 

 明らかな動揺の渦中に居るタルラを一瞥しながら、コシェルナが言葉を止めることは無い。

 その声音には少なくとも揶揄いの意図は無く、むしろこの程度で何をそんなに感情を乱しているのか、という呆れが含まれていた。

 

 口を真一文字に結び表情のみが目まぐるしく変化するタルラに、コシェルナは大きな溜息を吐く。

 

 

「レユニオンがこの先も活動を継続していく上で、ノア及びオーナーとの友好的な関係は様々な面から見ても必要不可欠だ」

 

「昨日実際にオーナーと話して少しは理解出来ただろう? アレはどう見ても善性に振り切っている類の人物。何もせずともこちらに不利益を被せることなく、それどころか利益を齎すと見て間違い無い」

 

「私やお前のようにある程度の経験や教養を身に付けている者は、彼の真意も誠実さも理解することが出来る。だが多くの一般的な民衆はそこに隠された存在しない悪意を疑わずにはいられないのだ、タルラよ」

 

「理由が必要だ。レユニオンに身を寄せる者達が、ノアやオーナーから受け取る厚意に、存分に納得出来るだけの理由が……」

 

 

 言葉の途中でタルラは何度か反論を試みようとしたが、それは形を成す前に崩れ消え去っていく。

 

 普段の気丈に振る舞う姿は見る影も無く、そこには己の欲望と理性の狭間で迷い悩む只人しか居ない。

 そしてコシェルナはその弱みを見逃すほど優しくは無く、追撃の手を緩めはしなかった。

 

 

「子を成し次世代へと繋げることは上に立つ者の責務の一つ。子の能力が十分に備わるかどうかについては一度置くとして、自身亡き後、再びお前のような傑物が立ち上がることに賭けるつもりか? タルラ、お前は恵まれているということを自覚しなければならない。地位や立場が上であればあるほど、そういった自由など無いに等しいものだが……幸いにも好いた相手が対象なのだ。しかもその相手は鉱石病患者でもあるお前に、偏見すら抱いていない。これが幸運や運命でなければ何だと言うのだ?」

 

「…………オーナーの、意思は──」

 

「この大地において想いを通わせた者同士が結ばれることは稀も稀だ。理想を追いかけるのは構わんが、お前が背負っているものも、ノアやオーナーとその周囲も、悠長に待ってくれなどしない。今回の交流で全てを済ませろなどという酷な要求をするつもりは無いが、意思を伝え、印象を確固たるものとし、何時になるかも分からない次の機会まで残るような楔を、オーナーに打ち込めと私は言っているのだ」

 

「………………」

 

「……それでもそういった過程を踏むべきだと考えているとして、お前自身はオーナーに好かれる努力をしないつもりか? 随分と傲慢な人間になったものだ。──いや、むしろ謙虚と言うべきか? 己の本心を隠してまで、オーナーが他者に渡ることを良しとしているのだからな!」

 

「………………出て行け」

 

 

 険しい表情のタルラが絞り出した一言に、コシェルナはふむ、と頷いた。

 

 コシェルナが長々と語った意図は教育が半分、焚き付けが半分。

 焦燥を煽り欲望を刺激することは出来たと確信した彼女は、タルラの言葉に返事をすることなく素直に部屋を後にした。

 

 残されたタルラは、拳を強く握り締めたまま動かない。

 食い込んだ爪によって流れた血が床を汚す音だけが、暫くの間その部屋を満たしていた。

 

 

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