「────フロストリーフがしつこく誘うものだから来たものの……用件はそれだけか?」
レユニオンとの交流と貿易が始まって早数日。
お互いの拠点の中間地点に設けられた駐屯地のテントの一つに、俺とフロストリーフとフロストノヴァの三名は居た。
テントに呼び出したフロストリーフの説明を受けている間、フロストノヴァは表情を変えることも無く微動だにしていなかったが、説明が終わった後、フロストノヴァは目を伏せて小さく溜息を吐いた。
「そちらが秘密にしているオーナーのアーツを明かしてくれてまでの提案には感謝する。だが私も、この体質とは長い付き合いだ。何も試してこなかった訳では無い」
「フロストノヴァ、アンタには鍛えて貰った借りが有る。一回だけ、私達を信じてくれないか?」
「……信じていない訳では無い。私と似たアーツを持っているフロストリーフはともかく、オーナーがこの空間に居られるのが何よりの証拠だ。平然としている辺り、アーツの出力も高いのだろう」
事の発端は少し前に遡るのだが、要点だけかいつまめば前回──『生息演算』をプレイしていた頃と今回の交流において、フロストリーフは空いている時間でフロストノヴァに師事しているらしく、それに対して何かお礼をしたいという相談を受けたのが始まりだ。
二人のアーツは出力は違えど性質は似たようなものだし、フロストリーフにとって参考になる部分は非常に多かったと聞く。
だがお礼という話になると、どうしても障害になる点が有った。フロストノヴァはアーツか体質のせいか、尋常でないほどの冷気を帯びており、周囲にそれを放ってしまっている。
フロストリーフは自身の趣味でもある音楽関連の再生機器を渡そうと考えていたとのことだが、冷気によって凍結し故障する様子が容易に思い浮かび、思いとどまったとのこと。
そして何か良い案が無いか相談を受けた俺は、単純にこう考えたのである。
────そもそもの元凶を何とか出来ないだろうか、と。
「どうでしょう、フロストノヴァさん。温度差で体調に不具合が出ていたりとかは……?」
「……ああ、今のところ問題無い。…………本当に解消出来るとはな」
結論、何とかなった。
いや、正確には『一時的に解消した』という表現が最も正しいだろう。
フロストノヴァの手を握りながら、熱エネルギーへの変換能力を用いて試行錯誤すること約二時間。
手だけを温めても腕から伝わる冷気で失敗。
ならばと、手から伝わる熱で全身を温めても身体内部からの冷気で失敗。
これならどうだと、時間をかけて身体の芯から温めても数分程度で冷気が戻ってしまって失敗。
最終的に、より時間をかけて一般的な体温より大分高いものになるよう調整してみたところ、数分を過ぎても冷気が戻らないことが確認出来た。
フロストノヴァ自身から、身体の奥深くに冷気の感覚が残っているという発言が有り、どれだけ温めてもその感覚が消えなかったことから、それなりの時間が経てば再び戻ってしまうことはほぼ確実だろうが、それでも喜ばしい結果になったとみて良いだろう。
……試行錯誤の最初、冷気が全開の状態のフロストノヴァに触れてしまったことで、俺の手はひりひりを通り越してビリビリとした痛みを訴えているが、今はそれを無視することにした。
温めている最中でも久しい感覚に困惑と期待を抱いていたフロストノヴァは、俺の手が離れた後、自身の状態を確認するようにしきりに身体を動かしては、様々な感情と共に見たことの無い表情を浮かべている。
その表情の珍しさから俺とフロストリーフはしばらくの間無言で彼女の動向を見守っていたが、不意に俺達の視線に気付いたフロストノヴァが気恥ずかしさからか、わざとらしく咳払いをした。
「未だに現実として受け止めきれていない部分も有るが……、二人とも感謝する」
「私はオーナーに相談しただけで何もしていない。感謝ならオーナーにしてくれ」
「普段お世話になっているフロストリーフから相談を受けたからやったまでです。感謝なら彼女にお願いします」
「……お前らは似た者同士だな」
感謝の矛先を譲り合う俺達の様子を見て、フロストノヴァはくすりと笑った。
次いで、どこか申し訳無さそうな表情へと変わり、少し言い難そうにその口を開く。
「無理を承知でお願いしたい。明日、もう一度この状態にしてもらうことは出来ないだろうか?」
「……オーナー、どうだ? してやれそうか?」
「私は大丈夫ですけど、一応理由を聞いても良いでしょうか?」
「ああ、実は────」
そこから、どうしてそんな要望を出したのかについて説明された。
この状態が一時的なものであるのならば、父さんや兄弟姉妹達──パトリオットやスノーデビル小隊の隊員達のために使いたいと。
父さんの方はまだ何も思い付いていないが、兄弟姉妹達に関しては一つ思い付いていることが有り、レユニオンに身を寄せていた者と結ばれ数ヶ月前に晴れて父親となったスノーデビル小隊隊員の一人から望まれている、『赤子の抱擁』をしたいと。
今からレユニオンの拠点の方に戻ったとしてもこの状態が続いている保証が無く、それならば予めいろいろと準備をした上で、もう一度この状態を迎えてみたいと。
そういった理由であれば、俺も断る理由が無い。
アーツの詳細は伏せて貰うことを条件に快諾を返すと、フロストノヴァは再び感謝を述べ、フロストリーフと二言三言の会話を交わした後、テントの外へと走って行った。
「とりあえず近くの隊員達に会って来る、ってさ。……早く手を治療しに行こう」
「あー、やっぱり気付いてました? ……そんな顔しないで下さい。いつも頼ってばかりなので、頼られて嬉しくて張り切ってしまっただけですから。どうしても申し訳ないと思うのなら、シャイニングさんに一緒に怒られてくれますか?」
「もちろんだ、オーナー。……ありがとう」
……ノアが絡めばともかく、俺自身だけで誰かのために出来る事はとても少ないから、役に立てて本当に良かった。
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「────オーナーのところに行って来るよ、父さん」
「……ふむ。昨日会ったのでは無かったのか、エレーナ?」
「ああ、それは────」
翌日の朝。
育ての父であるパトリオットに行き先を告げて家を出る寸前だったフロストノヴァは、父からの問い掛けに応えようとして、その口を慌てて噤んだ。
オーナーのアーツの詳細を伏せると約束した以上、詳しく話すことは父であっても出来ない、と判断したからだ。
数舜の間、上手い言い訳を考えようとしたフロストノヴァだったが、何も思い浮かばなかったため「大した理由じゃない」とだけ告げて、追及される前にそそくさとその場を去る。
「…………エレーナ? まさか……」
その日、パトリオット率いる遊撃隊の隊員達は、どこか上の空という珍しい状態の隊長の姿を目にすることとなった。