夜、レユニオン側の駐屯地の一角にて。
灯りが漏れたテントの一つから、賑やかな声が挙がっている。
中に居るのはスノーデビル小隊とその隊長であるフロストノヴァで、話題の種は先日のフロストノヴァに関するものであった。
「姐さん、せっかくですしオーナーが居る間は『あの治療』をお願いし続けた方が良いんじゃないですか?」
「そう言えば一時的なものって言ってましたけど、続けたら治らないとも限りませんよね?」
「今日の昼だって噂を聞きつけて来た昔馴染みの奴らが、残念そうに帰って行ったじゃないですか」
夕食後、少々のお酒が入った隊員達は普段よりも明らかに緩めな態度で、隊長であるフロストノヴァに接していたが、彼女は慣れているのか小さい溜息を吐くだけで強く注意することは無い。
オーナーによる治療──『エネルギー変換による加熱』によって一時的に温もりを取り戻した彼女は、ここ連日、今まではその冷気から近寄ることすら出来なかったレユニオンの仲間や、自身を慕ってくれる子供達との交流に時間を割いていた。
だがそんな時間も昨日までの話で、今日はその治療をオーナーにお願いしていない。
そしてフロストノヴァは、今回の交流においてはもうオーナーに治療を頼みに行かないつもりであった。
「……私を見ての通り、アーツを使い続けると鉱石病の進行が早まる。オーナーは鉱石病感染者には見えなかったが、あの性格だ。私の体質に干渉出来るほどのアーツ出力……、何かしらの無理をしている可能性が高い。……これ以上迷惑をかける訳にはいかないだろう」
「でも、姐さん……」
「くどいぞ」
ピシャリと言い放ち、その言葉によって隊員達の間に僅かに沈黙が生まれる。
隊員の一部は、今回のノアとの交流においてオーナーとも接する機会が有った。
その為人を知っているためフロストノヴァの言い分も十分に分かるのだが、自分達が慕う隊長の体質治癒の可能性を捨て去るには、流石に抵抗の方が大きかった。
ただそうは考えても、当の本人であるフロストノヴァが乗り気になってくれないと何も始まらない。
どうしたものか、と隊員達は頭を悩ませ、そしてその内の一人がある切り口に思い当たった。
「オーナーにかける迷惑は何か別の形で清算するとして……姐さん、一昨日の赤ちゃん抱いた時の事は憶えてますか?」
「……憶えているが、それがどうした?」
「悪い気分じゃ無かったでしょう?」
「それは……そうだが……」
一昨日、スノーデビル小隊隊員の赤子を抱かせてもらったフロストノヴァは、本人が知る由も無いが無意識に穏やかな微笑みを浮かべていた。
その微笑みを目撃した隊員達は未だかつて見たことの無いその表情に心底驚き、それはその日の夕食にて話題の種となり、揶揄われていると感じたフロストノヴァは彼等を少し氷漬けにした。
「姐さんのその体質が治れば、自分の子供を抱き締められる可能性だって生まれるんですよ?」
「……そういった事に興味は無い。少し飲み過ぎだぞ、らしくもない」
「姐さんが興味無くても、パトリオット隊長は違うかもしれませんよ?」
「────何だと?」
「父親なんて、何だかんだ言って孫の顔が楽しみなものですから」と、隊員は言いのけた。
周りの他の隊員は、言い過ぎやしないかと冷や冷やした気持ちで状況を見守っていたが、その気持ちに反して、フロストノヴァは隊員の言葉について考え込む。
(……一理は、有る)
(父さんがそういった事を口に出したことは無いが、私は父さんの全てを知っている訳じゃない)
(…………父さんは喜ぶだろうか?)
考え込み出したフロストノヴァを注視する隊員達。
やがて考えが纏まったのか、フロストノヴァはその面を上げて隊員達の表情を見渡した。
「よく考えてみたが、分からないという結論が出た」
その言葉に、問い掛けた隊員は『やっぱり駄目か』と心の中で溜息を吐いた。
そして他の切り口を見付けないと、と隊員が思考を切り換えるよりも早く、フロストノヴァは言葉を続ける。
「だから父さんに直接確認してみようと思う」
「────姐さん、ちょっと待ちましょうか……!」
見守っていた隊員達も、怪しい雲行きに慌ててフロストノヴァへの説得に取り掛かる。
態度を急変した隊員達にフロストノヴァが困惑しつつも、彼等の夜は更けていくのだった。
────────
────────
「──ところで父さん、やはり父さんも孫の顔は見たいと思うのか?」
「……………………っ!」
翌日の駐屯地にて。
少なからず自身もお酒を飲んでしまっていたフロストノヴァは、隊員達から懇願されたこともさっぱり忘れ、さり気ない様子でパトリオットにそう尋ねた。
直後、レユニオンの他のメンバーに呼ばれた彼女は、その返答を聞くこと無く足早にその場を去っていく。
残されたのは、娘の言葉を頭の中で反芻する父一人。
微動だにしない彼を不思議に思いながらも、話しかけられる雰囲気でも無く、何人もの人々が彼の傍を通り過ぎていく。
そして流石に様子がおかしいと感じた遊撃隊の隊員がパトリオットに近付くと、彼から漏れ出た言葉が隊員の耳へと届いた。
「………………オーナー」
その言葉に含まれた感情は、本人以外知る由も無い。