夕方、ノア本部に作られた専用の休憩スペース。
俺が居ては他の住民が休むに休めないという理由から別室として切り離されたその空間で、何度目かも分からない溜息を吐く。
溜息の理由はただ一つ。尋常じゃない疲労だ。
「オーナー、大丈夫?」
「はは……流石に疲れました」
大き目のソファに腰掛け、背を預けて天井を見上げながら、俺と同じく部屋で寛いでいたケオベに返事をする。
そのまま思い起こすのは、今日こなしたスケジュールの数々のこと。
まず早朝。
昨日の間に俺の与り知らないところでいろいろと何かが有ったらしく、フレモントさんから呼び出され、シャイニングさんの護衛の下で彼のアーツによる検査的なものを受けた。
特に身体に影響等が出ることも無く無事に検査は終わったのだが、何を調べたのか尋ねたところ『他者を惹き付ける呪術や巫術、あるいはアーツの類いが組み込まれていないかどうか』を調べたとのこと。
そんなものが俺の身体に有るとは思えないのだが、シャイニングさんは、本当に存在しないかをフレモントさんに何度か尋ねていた。
そしてその後はPhonoR-0──ラケラマリンさんからの聞き取りの時間が始まった。
普段であればロゴスさんの事が大半なのだがここ数日は俺自身に関する事をよく聞かれており、本日に至っては何故かタルラやフロストノヴァやアリーナやコシェルナ、そして先日出会ったばっかりのマドロックさんに関するものばかりであった。
聞かれる内容も彼女達とどんな話をして何をしたのかや、彼女達にどういった印象を抱いているかなどで、真意が読めないものが多かった記憶が有る。
彼女達の個人的な情報は伏せたが、それ以外の事は隠す必要も無いので素直に答えた。
他に出会った女性は居ないかという変な質問に対しては、今日の午後にマドロックさんから事前に聞いた『アルゲス』という人物に会う予定だと答えたのだが、それを聞いたラケラマリンさんは呟くように『……──よ、早く戻って来るべきやも知れぬ』と声を漏らしていた。
誰に対する言葉なのかは分からなかったが、一体どういうことなのだろう?
────そして今日の山場の一つ。
昼に、パトリオットとの面談が待ち構えていた。
「オーナー……?」
不安げなケオベが、正面のソファから移動して俺の方へとやって来た。
隣に座ったかと思うと俺の膝へ向けて倒れ込み、寝転んだままこちらを見上げてくる。
思い出しただけで背筋に走った緊張で強張る俺の心境を、ケオベは察したのかもしれない。
大型犬みたいだなー、なんて思っていたら、ムッとした表情に変わったケオベの手によって、俺の手は彼女の腹部へと持っていかれてしまった。
特に動くことも抵抗することもしなかったのだが、俺の手を両手で包み込んだケオベはどこか満足そうだ。
『……食欲が、無いのか?』
『いえ、私一人で食べる訳には……』
『私の事を、気にする必要は無い』
『……い、頂きます』
昼時ということも有り、駐屯地に設営された炊事場の近くで、俺とパトリオットは食事を供にした。
いや、供にしたという表現は正しくない。実際にはパトリオットは食事に手を付けず、基本的にずっと俺の方を見つめていたからである。
彼の部下からの申し入れによって生まれた時間だったのだが、部下の方が言っていた『隊長がオーナーと話したいと言っている』という発言は嘘だったのだろうか?
相手から話題が出されないのであればこちらから出すべきかとも思ったのだが、共通の話題とも言えるテレジアさん関連の事柄については、生存の事実を秘匿しているという背景も有り、過去に親交があるらしいパトリオットが相手といえども、うかつに話すことなど出来やしなかった。
『共感』で読み取る感情に敵意や悪意は無かったが、その存在から溢れ出るプレッシャーによって、俺は全く味のしない食事を黙々と続けることとなった次第である。
途中、何度か質問のようなものを投げ掛けられたが、緊張で何と返したか定かではない。
でも質問の内容はほとんどエレーナさんに関するものだった気がする。そういえば俺が『エレーナさん』と呼ぶことにも大変驚いていた。これは本人から許可を受けたものだから特に問題は無い……はず。
最終的に、帰り際に肩に手を置かれ『………………娘をよろしく頼む』と言われた。
そして部下の方達からも『時間を作って頂きありがとうございます。私達からも……よろしくお願いします』と言われてしまった。
うぐぐっ……!
エレーナさんとのアレは一時的な治療で完治の見込みは無いのだが、パトリオット達の言動から考えるに、可能性が有ると思われてしまったのかもしれない。
その辺りを訂正する余裕も度胸も、俺には無かった。
…………こうなってしまっては仕方ない。ロドスと合流出来たらケルシー先生やドクターに相談するしかないだろう。
時間は掛かってしまうかもしれないが、エレーナさんの体質の完治に向けて頑張ってみようじゃないか……!
「……ケオベ、少し眠るので一時間後に起こして頂けますか?」
「分かった! おやすみー!」
いろいろと考えるだけで、脳が疲弊しているのを強く感じる。ただでさえ頭脳労働は得意では無いのに、この状態では良い案も思い浮かばないだろう。
一休みするべきだと判断し、夜にも他の用事が有るのでケオベに目覚まし代わりを頼んだが、俺の身体はソファに倒され、彼女によって優しく抱き締められてしまった。
……ちゃんと起こしてくれるよな? このまま一緒に眠るつもりじゃないよな?
疑問を口に出そうにも、それよりも早く睡魔が俺を襲う。
そして、意識が落ちる直前。
今日有った出来事がグルグルと脳内を駆け巡る中で、ひときわ強く刻まれた会話が、俺の意識を締めくくった。
それは、サルカズという種族の中でもサイクロプスと呼ばれる一族────『アルゲス』さんとの会話。
未来を予見するアーツを持つとされる種族である…………彼女との会話。
『……貴方が関わる未来のいくつかに、災いではない希望の可能性が視えました』
『オーナー、どうかサーミの未来のために、ご協力をお願い出来ないでしょうか?』
『そのためならば、私も献身を捧げる所存です。使命が果たされた暁には、この身は如何様にも……』
『…………これは、写し絵? 写真、というのですか?』
『……申し訳ございません』
『──こちらに描かれている三名の方々は、どなたも貴方の未来には視えませんでした』