二十日弱ほど続いたノアとレユニオンとの貿易及び交流は、大きなトラブルも無く双方が満足するという最高の結果を残して、明日にも終わりを迎えようとしていた。
ノア側は対価として受け取った資源が想定以上であり、オーナーから聞き出していた理想量を大きく超過したことに住民達は歓喜した。
──喜ぶ住民達は後日オーナーから、「超過分の一部については自由に運用することを許可しますので、使い道を話し合って決めて下さい。私もその通りに対応します」という言葉を感謝と共に伝えられ、先日賜った『リトル・ノア』の扱い方でさえ不敬が有ってはいけないと四苦八苦する住民達は、更にその頭を抱えることになる。
レユニオン側は栽培キットを始めとした様々な設備、そして医療に関わる物品などを大量に獲得したことによって、加速度的に増えていたメンバーの生活安定とその質の向上が叶った。
──レユニオンの誰もが与り知らないところで、監視兼報告役として交流地から離れたところに陣取っていた皇帝の利刃達との接触及び交流、そして彼等の主であるウルサス帝国皇帝への贈り物をしていたオーナーの行動によって、後日レユニオンにはヘラグ経由で謝礼品の数々が贈られるのだが、今はまだ知る由も無い。
またロドスも今回の遠征においてレユニオンとの繋がりを形成することが出来た。
リスクが高いためまだ不可能ではあるが、近い未来でレユニオンには、ロドスの出張所が建てられることだろう。
そしてノアに乗って今回の遠征に参加していた各陣営は、その情報を持ち帰り余すことなく報告する。
それによってウルサス帝国はともかく、レユニオンに対する評価と対応の検討は良い方向へと改められることになり、ノアとオーナーに対する評価と様々な優先順位は飛躍的に高まることが確定した。
──その高まりの一つの要因に、オーナーから渡されたお土産の存在が挙げられる。隠すよりも全体へ公開した方がリスクが低いと判断された『源石汚染された土壌でも育つ穀物の種や苗』は、各国において最優先の研究対象となった。
関わった全ての陣営が得を得る結果を齎した今回の遠征。
だがその立役者であるオーナーは、その結果とは不釣り合いとも言える、物憂げな表情をここ数日浮かべていた。
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「────オーナー様、大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です」
ノア本部の会議室。
レユニオンからタルラを含めた幹部数名を招いて行われた報告会で、その終了後にしばらく呆けていた俺は、参加者であるノア住民の一人の声によって我に返った。
「いろいろと片付いたことを実感して気が抜けてしまいました。ご心配をおかけしてすみません」
「いえ、オーナー様が謝る必要は……! それよりも疲れが有るのでしたら、本日は早めにお休みになった方が良いかと思われます」
「……ありがとうございます。ですがこの遠征も明日で終わりです。ここまで来たら最後まで頑張らせて下さい」
「…………かしこまりました。私共も最後まで励みましょう」
そう言って部屋から去っていく彼を見届けた後、俺は会議室の隅で待機していた護衛の二人──チョンユエさんとグレイディーアさんの下へと向かう。
そしてその途中、呼び掛けられた俺が振り向くと、そこには不安げな表情をしたタルラが立っていた。
「タルラさん、どうかしましたか?」
「ああ、オーナーに用事が有ったのだが……それよりも、だ」
背の高いタルラが、少し背を屈めて俺の顔を覗き込む。
そして再び背を直したタルラは、少し言い辛そうに言葉を口にした。
「ここ数日、体調が悪そうだと部下から報告を聞いている。実際に顔色もあまり良くないようだが、大丈夫か?」
「ふふっ、先程同じようなことを言われましたが、心配には及びません。少し疲れが出てしまっているだけですよ。何せ今回のような遠征は初めての事でしたから……」
「……オーナーがそう言うのであれば、そういうことにしておこう。それで、私の用事だが……」
タルラの視線が俺の背後──チョンユエさんとグレイディーアさんの方へと向けられた。
つまり内密なお話、ということなのだろう。
通常であればリスクを考えて一人で対応することは無いのだが、相手がタルラであれば危害を加えられるという心配は無い。
それにここはノアの内部でもあるので、万が一の時は『生成』で壁なり何なりを作って退避することも出来る。
そう考えて後ろの二人へと目配せするとチョンユエさんが頷き、無言のグレイディーアさんと共に部屋から退出していく。
そうして再びタルラへと向くと、彼女はどこか迷いがある表情で狼狽えているようだった。
──そして同時に、俺は『共感』によって気付くことになる。
彼女から俺に向けられている感情が、今まで経験した中で一番大きいものだということに。
期待、不安、感謝、焦燥、恥じらい、恐れ、興奮、欲望……。
そしてそれらよりも遥かに強くて大きい────『愛しい』という感情。
今までに何度も他者から向けられたことはあるが、俺自身の事情もあって見て見ぬフリをしてきたものだ。
しかしタルラから向けられたソレは、『俺が憶えている中では』一番と言っていい程に強く、思わず表情が強張ってしまう。
目の前のタルラは、俺の様子を見て少々驚き、次いで納得したかのような表情へと変わった。
「コシェルナから聞いた事だが……オーナー、貴方は心か感情が読めるのだろう?」
「……ふっ、そういった感情を持ったまま接するのは失礼かと思って隠すよう努めていたが、知られていると分かっていたならその必要も無かったというのに……」
「────オーナー」
タルラが、俺に向かって一歩を踏み出した。
後退りして距離を取ろうとした俺の背中に、彼女の手が回される。
「嫌ならば振り解いてくれ」
そのまま俺は、タルラに優しく抱き締められた。
アフターストーリー
『思い出:タルラ』が挿入されます。