箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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思い出:タルラ

 

 

『………………』

 

『……アリーナ? 先程からこちらをずっと見つめているが、私の顔に何か付いてでもいるのか?』

 

『いいえ、タルラ。何も付いてなんかいないわ。……ただ、いつもより嬉しそうなのが気になっただけよ』

 

 

 ノアとの再びの接触が決定して数日が経った頃。

 それに向けて普段よりも慌ただしく日々を過ごしていたタルラは、束の間の休息の時をアリーナと共にしていた。

 

 近況や準備の進捗を報告したり、旧知の仲ということもあって雑談に話を弾ませていたその最中、何時の間にか無言になっていたアリーナに気付いたタルラはその理由を尋ねたが、彼女から返って来たその言葉にタルラは思考を巡らせることとなる。

 

 だがタルラがその答えに自身で気付くよりも早く、アリーナはどこか楽し気な声音で自身の予想を口にした。

 

 

『オーナーに会えることが、嬉しい?』

 

 

 それはアリーナからしてみれば、多少のからかいを含めた言葉。

 最近になってその忙しさを増しているタルラを気遣い、張り詰めている糸が少しでも緩まってくれれば良いと考えて口に出したもの。

 

 

『────ああ、きっとそうなのだと思う』

 

 

 想定していた『呆れ』でも無く、『動揺』でも無く、かと言って『肯定』とも少し違う。

 言うなればそれは、『理解』や『得心』といった類いのものだった。

 

 その証拠と言うべきか、返答を聞いたアリーナが口元を手で抑えて驚きと喜びを表現したのに対し、当の本人であるタルラは自身の言葉が腑に落ちたかのように、一瞬目を丸くした後、誰に向けるでもない淡い微笑みを浮かべていた。

 

 この時、タルラは自身の『想い』を正しく理解した。

 しかしその理解とは裏腹に、彼女は自身の若さを制御出来ない。

 

 その想いを煽られれば、感情は簡単に揺れ動き留まらない。

 他者との接触を見聞きするだけで、その心には動揺が走り思考が乱れる。

 そうしている間にも時は過ぎ会えない時間が募るほど、怒りにも似た熱が蓄えられていく。

 

 レユニオンのリーダーとしての立場。

 周りが求める『タルラ』としての立ち振る舞い。

 

 それが自身の望んだこと、選んだことであったとしても、その身に受ける負荷も負担も軽くなることは無い。

 

 焦りが。

 想いが。

 欲望が。

 

 何より──『 』が。

 

 タルラから、溢れ出した。

 

 ────その結果として、オーナーは彼女の腕の中に収まっている。

 

 

(…………これは、判断が難しいな)

 

 

 オーナーを抱き締め、これから如何様にも振る舞うことが可能であったタルラだが、想定外の事実に困惑の色を隠せない。

 

 理由はただ一つ。

 その身に伝わるオーナーの動きが、単なる身じろぎなのか、それとも抵抗なのか、タルラには分からなかったためだ。

 オーナーの生来のか弱さと貧弱さが、起こり得たいくつかの未来の可能性を尽く排していた。

 

 タルラが抱き締める以外に何もしなかったおかげなのか次第にオーナーの動きも更に弱まっていったが、その頃にはタルラもその持ち前の理性と矜持によって、幾分かの正気を取り戻してしまっていた。

 

 こうなってしまっては仕方が無い。

 そう考えて思考を切り換えたタルラは、体勢をそのままにオーナーへと語り掛ける。

 

 

「オーナー、急にすまなかった。恩人である貴方との別れを前に、自身を律する事が出来なかった。私の未熟に巻き込んでしまって申し訳も無い」

 

「……だが、私が胸に抱くこの想いは紛れもない本物であり、隠すことの出来ない本心だ」

 

「この場で答えを求めるような負担を強いるつもりも無い。……ただ、知っておいて欲しかったんだ。それくらいは許してくれないだろうか?」

 

 

 その問いに、抱き締められたままでオーナーは小さく頷いた。

 それを聞いたタルラは「……ありがとう」と感謝を述べ、名残惜しむかのようにゆっくりとその腕を解く。

 

 顔を朱に染め、その瞳を潤ませ、唇を引き結んで身を強張らせるオーナーの姿を視界に捉えた彼女は、己が内にじわりと熱が滲んだのを自覚した。

 

 

「……私のような者に抱き締められるなど、怖かったか?」

 

「そ、そのっ、怖いとかそういうのでは無くて……! 急だったからっ……!」

 

「先程も言ったが、これは私の未熟さ故の愚行だ。どうか忘れてくれるとありがたい」

 

 

 一度溢れ出したものを再び止めることは容易ではない。

 

 立場も、相手の心情も、取り戻したはずの理性も。

 今この時だけ、タルラは焼き払った。

 

 

「その代わりに────」

 

 

 それは本能が察して選択した、オーナーをこの大地に留めるための行為であり、彼女の欲望の発露でもあった。

 

 周囲の者達の安寧を願ってその身を捧げて来た彼女にとって、初めて芽生えた──黒く激しく燃え盛る炎。

 

 誰にも渡したくない、という純粋な『 』。

 

 

「────こっちを憶えておいてくれ」

 

 

 朱に染まった頬に手を添え、タルラはオーナーに唇を重ねた。

 

 暫しの静寂の後、離れた彼女は熱を帯びた瞳を携えて微笑む。

 

 

 

 

 

「オーナー、貴方を愛している」

 

 

 

 

 

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