箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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感染者組織①/20日目

 

 

「──こちらの『オーナー』に、あなた方への威圧をする意思はありません。説明の機会を頂けませんか?」

 

 

 武器を向けられた状態にも関わらず、シャイニングは落ち着いた様子で話しかける。

 その正面でアーツユニットを構えていた白髪の女性──フロストノヴァは、その様子を訝しんで動きを止めた。

 

 

(敵意が感じられない。……少なくともこのサルカズは嘘を吐いていない、か)

 

 

 かといって信じるに足る、という訳では無い。

 そう結論付けた彼女は、武器を下ろさないまま言葉を続ける。

 

 

「このままで良ければ話くらいは聞いてやる」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 そうしてシャイニングの口から語られていく言葉に、周りの者達は警戒を解くことなく耳を傾ける。

 

 この駐屯地から東へ行った道沿いで重傷者──アリーナを見付けたこと。

 負傷の具合からその場で治療し、移動拠点『ノア』に連れて行ったこと。

 目覚めた彼女から事情を聞き、返還するためにこの駐屯地を訪れたこと。

 

 この駐屯地を訪れた際に明かした、自身が感染者援助団体『使徒』の一員であることに偽りは無く、その一環として『ノア』と協力関係にあるということ。

 そしてその支援団体としての活動と、『ノア』の意向に従って、支援及び交流を行いたいということ。

 

 その話に嘘は無かった。

 だがしかし、フロストノヴァにとっては無視出来ない部分もあった。

 

 

「貴様の説明に嘘は含まれていない、少なくとも私はそう思う。だからこそ不可解で受け入れ難い部分がある」

 

「……どの部分でしょうか?」

 

「アリーナを治療した部分だ」

 

 

 シャイニングが知る由も無いことだが、フロストノヴァ達──駐屯地に居る者は知っている。

 

 先日タルラが茫然自失として駐屯地に帰ってきた後、感染者戦士の何名かが、タルラが何を目撃したのか確認するために現場に向かったことを。

 その兵士が夥しい血の跡を発見し、どう考えても助かる出血量では無いという情報を持ち帰ったということを。

 

 駐屯地に居る者は知っている。アリーナが生きている筈が無い、ということを。

 

 

 ──奇跡でも起きない限りは。

 

 

「治療してから連れ帰ったと言ったな。順番がおかしい。貴様達は普段から治療設備を持ち歩いているとでも言うのか?」

 

「そして目覚めたとも言った。あまりにも早過ぎる話だ。こちらの見立てから考えれば、生きているのが不思議なほどの負傷の筈だ」

 

「説明をしてみろ。奇跡だなんだと言ってくれるなよ?」

 

 

 その言葉に、表情を動かさないままシャイニングは考える。

 

 ここが駐屯地、更に彼女達がレジスタンス側であることを考えれば、重傷者が居るであろうことは想像に難くない。

 その者を治療することで証明は可能だが、果たして素直に協力してくれるだろうか? 

 

 それならば救急キットの現物を渡して、彼女達自身で確かめてもらうのはどうだろうか? 

 ……それも不確定要素が多い。何より得体の知れない集団から渡された物を、仲間達に使用するような者達では無いだろう。

 

 この場で証明が可能で、かつ彼女達が協力せずに済む方法。

 

 

(医療の道を征く者として、この方法は取りたくは無かったのですが……)

 

(…………オーナー)

 

 

 一度だけ目を伏せたシャイニングが、決意を固めたのか、再度その目を開く。

 

 

「……分かりました。どのようにして治療したのかを証明しましょう」

 

「オーナー、救急キットを頂けますか?」

 

「注射器型ではなく錠剤型をお願いします。……使い辛いと思いますので」

 

 

 その言葉と共に前へと差し出した掌の上に、少し大きめの錠剤が現われる。

 

 急な物質の出現に周りの戦士達が警戒を強める中、彼女はそれを口へと含んだ。

 

 

「なっ──!?」

 

 

 それを視認出来たのは、正面で見ていたフロストノヴァのみだった。

 

 シャイニングが、左手に持っていたアーツロッドを横向きにした瞬間、彼女は既に右手に剣を持っていた。

 アーツロッドでは無く剣と鞘だったのか、とフロストノヴァの思考が追い付く間もなく、その剣は振るわれる。

 

 

 

 鞘を持っていた彼女自身の左腕へと。

 

 

 

 一連の動作に淀みは無く、周りの者からすれば、気付いた時にはシャイニングが剣を持っており、その正面の地面には彼女の左腕が落ちているという光景だけが残っていた。

 

 飲み込めない事態に戸惑う戦士達を他所に、彼女は剣をそっと地に置き、鞘から指を外して左腕を持ち上げる。

 肘と手首の中間から切断されたそれは血が滴っており、残された部分の方からはそれを遥かに超える出血が確認出来た。

 

 端正な顔立ちを歪めることなく、ただ酷く汗を滲ませた表情で、切断面を押し付けあう。

 そのまま含んでいた錠剤を飲み込めば、溢れていた血は次第に止まっていった。

 

 

「…………いかがでしょうか?」

 

「馬鹿な……!」

 

 

 閉じたり開いたりと、確かに動いている左手の指を見て、フロストノヴァは驚愕の声を上げた。

 周りの戦士達も、信じられない光景に少し後ずさっている。

 

 現実は変わらない。彼女の足元の血が、それを如実に物語っている。

 

 

(錠剤ではなく自身のアーツの可能性……いや、だとしても結論が変わらない。これならば救えてもおかしくはない)

 

(注射器型、とも言っていた。つまり重傷状態の者にも使えたということだ)

 

(……重傷者を目覚めさせることも出来るかどうか、いろいろと疑念は尽きないが、少なくとも可能性は生まれた、か)

 

 

 ようやく武器を下ろしたフロストノヴァに追従し、周りの者も武器を下げる。

 

 

「目の前で起こったことは否定出来ない。この事実と貴様の覚悟を受け入れよう」

 

「……ありがとうございます」

 

「……オーナーとやらもこのサルカズに感謝するんだな。次は無いぞ」

 

「感謝は必要ありません。……これからは気を付けましょう、オーナー」

 

 

 そう言って、篝火の近くで二人は腰を下ろす。

 

 通信機は沈黙を保ったままだった。

 

 

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