『ノア』が感染者組織と接触して3日目の夜。
駐屯地に設営されたテントの下には、リーダーであるタルラ、スノーデビル小隊隊長のフロストノヴァ、遊撃隊の長であるパトリオット、そして『ノア』から戻ってきたアリーナが、机を囲んで佇んでいた。
シャイニングと、無線機越しの『ノア』と『オーナー』を交えた会談は既に終わり、彼女は無線機と共に別のテントへと移動を終えている。
机に置かれたランプの油も既に切れかけており、辺りを静寂だけでなく暗闇に飲み込もうとしていた。
「……アリーナ、彼らの言っていたことはどの程度信用出来ると思う?」
「私? 私の意見が参考になるとは思えないけど……」
「実際に拠点に行き、住民達と接触したのは君だけだ。今はどんな情報でも判断の助けになる可能性がある」
「ええと、ここに戻って来た時に話した事でもあるけれど──」
タルラに促され、アリーナはその口を開く。
『拠点には感染者と非感染者が共存しており、そしてその誰もが、鉱石病の状態を殊更に隠している様子は見当たらなかったこと』
『保護されている間に提供された食事は、飢えを凌ぐ程度などではない十分な量で、住民達も同じ食事量であったこと』
『ノア及びオーナーに、自分では理解の届かない力があることは間違いなく、その力の行使に誰も驚いていなかったこと』
そうしてその言葉の最後に彼女は、「彼らの提案は実現可能だと思うわ」と付けた。
「──有り得ない」
目を伏せ、黙って話を聞いていたフロストノヴァが言い放つ。
「奴らの技術力の一端は私も確かに見た。だがあの提案が実現可能だと? あんなもの、そもそも『実現する理由が無い』だろう」
その言葉に一同が思い出すのは、つい先刻告げられた提案の内容だ。
『組織の食料事情の改善』
『年少者達への鉱石病予防薬の配布』
『自然治癒が難しい重傷者への救急キット提供』
『資源未開発地域の開拓及び遠方地域から駐屯地への住民の移送』
そのどれもが、必要なのに手が届かなかったもので、そしてそのどれもが、タルラ達感染者組織に利があって『ノア』側には利の無いものである。
フロストノヴァが疑うのも、仕方が無い内容だった。
「その上見返りは後々で良いだなんて、こちらにあまりにも都合が良過ぎる」
「……ミスター、あなたはどう思いますか? フロストノヴァと同じ意見ですか?」
タルラの視線を受けたパトリオットは、少し考えた後、威厳のある重い声を響かせた。
「彼らがそう言っているのならば、好きにさせればいい。実現されて困るものは無い。だが口にした言葉を違えるような素振りを見せるのであれば、私達が容赦をしない」
その言葉に、フロストノヴァは押し黙る。
それは一種の信頼。
自身の父であるパトリオット、そしてその父が率いる遊撃隊は、もしものことがあっても『ノア』を容易く制圧出来るであろうという信頼だった。
「……そうなることを私は望みません」
「タルラ……」
「いいんだ、アリーナ。私も分かっている。私情を挟む余裕は無い」
納得がいかない、という表情を見せるタルラを、アリーナは心配そうに見つめる。
そう言葉を吐き出したタルラ自身も、今回の提案をふいにする理由が無いことを重々承知していた。
実際にこちらから提供出来るような物は無いというのに、いざとなれば制圧が可能な取引相手。
しかもその相手が、こちらの要望を悉く叶えることが出来る存在というオマケ付きだ。
ここで賭けなければ一体どこで賭けるというのか、と言い切ってしまっていいほどに、選択肢は一択に近い。
「あちらの提案を呑む。人員の割り振りは──」
ランプの灯りが消える寸前まで、その話し合いが終わることは無かった。
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『ノア』とその住民達による支援活動が開始して数日が経った頃。
祠の前にて、『オーナー』が出現させた椅子にフロストリーフとサガは座っていた。
「今日で実験も4回目……。オーナー、今のところ実験は順調なのか?」
『はい、皆さんのおかげでいろいろなことが分かっています』
「……そうか。オーナーの役に立ててるなら嬉しいよ」
「拙僧もオーナー殿の事が分かって面白いでござる。しかし共通点が多いのに、拙僧と同じ極東出身では無いとのことなのだから、不思議なこともあるものですな」
何をするのか分からなかった初回や、急遽タルラやアリーナが参加した前回に比べると、2人の表情に緊張は見られない。
余裕を持った面持ちで、『オーナー』の指示を待っている。
『今回はそちらから私に質問をお願いします。私の回答を、今まで通り復唱して下さい』
「質問? 何でもいいのか?」
『私が答えられそうなものであれば構いません』
「……………………好きな種族とかはあるか?」
『犬を飼っていたことがあるので、ペッローが好きです』
「『犬を飼っていたことがあるのでペッローが好きです』……。オーナー、一応言っておくがペッローに対して犬と同じように扱うのは、失礼に当たる場合もあるから気を付けたほうが良い」
『忠告、感謝します』
「ちなみに私はヴァルポだ」
『存じています』
少しムッとした表情をするフロストリーフ。
その隣で唸りながら考え込んでいたサガは、良いことを思い付いたかのようにその表情を輝かせた。
「次は拙僧の番です! オーナー殿、拙僧の事をどう思っておりますか?」
『それはどういった意味でしょうか?』
「そのままの意味でござる。ノアでの生活も長くなり、ふと拙僧がどう思われているか気になった次第でござる」
『サガには様々な部分で助けられています』
「ふむふむ」
『出来ることも多く、頼りにしています』
「ほうほう」
『サガの事が好きです』
「なるほどなるほど……──なっ!?」
思いもしていなかった言葉に、サガは驚きその顔を朱に染める。身体は硬直し、ペッロー特有の耳もピンと立っていた。
『復唱をお願いします』
「『サガの事が好きです』って言った。…………オーナー、本当か?」
あわあわと狼狽えているサガの代わりに、フロストリーフが答える。
どこか、先程よりも機嫌が悪そうであった。
『性格などの内面を言及したつもりです。他意はありません』
「……ふーん、じゃあ私の事はどう思ってるんだ?」
『フロストリーフの性格を良く思っています』
「『性格を良く思っています』、ね。サガの時と違ってちゃんと性格に言及出来てるのは何でだ? ……なあ?」
『実験によるものです』
未だに落ち着きを取り戻していないサガを他所に、フロストリーフはそれからも質問を重ねていく。
しかし今回の実験において、彼女が欲しい言葉を『オーナー』から引き出すことは、出来なかった。