箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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感染者組織④/25日目

 

 

 駐屯地に設置されたテント内。

 人払いを済ませ、周囲に聞き耳を立てるような者も居ない状況で、タルラは眉を顰めながら腕組みをして立っていた。

 

 視線の先の机には『ノア』から受け取った無線機が置いてあり、今は沈黙を保っている。

 

 

「──待たせたな、連れて来たぞ」

 

「道中で簡単な説明は受けましたが、私に決定権は無いのですが……」

 

 

 沈黙を破るようにテントへと入ってきたフロストノヴァと、その後ろを付いて来た怪訝そうな表情のシャイニング。

 シャイニングの問いに、フロストノヴァは彼女の方を振り向いて言った。

 

 

「それは分かっている。頼みたいのは通訳だ。重要な内容だから、お互い正確に把握していた方が良いだろう?」

 

「……なるほど。そうであれば請け負いましょう」

 

 

 得心がいったのか、頷くシャイニングを加えて、机が三者で囲まれた。

 今回の呼び寄せた張本人であるタルラが、口を開く。

 

 

「まずオーナーにシャイニング、忙しいところを申し訳ない」

 

「今一度状況を説明するが、私達の組織内で君達を──『ノア』を手に入れるべきだという声が強まっている」

 

「今のところ『奪う』ではなく『引き入れる』というような声の方が多いが……少ないながらも武力行使を望む声があることも事実だ」

 

「支援を受け始めてからまだ三週間ほどしか経っていないのにこの有様だ。時間が経てば経つほど、どちらの声も強くなっていくことは想像に難くない」

 

 

 そこまで言い切って、タルラは目を伏せた。

 様々な支援を受けておきながらのこの状況に、不甲斐無さと申し訳無さが滲み出ていた。

 

 その様子を横目で見ながら、フロストノヴァもばつが悪そうな表情で続けた。

 

 

「……恥ずかしい限りだが、この声は非戦闘員にとどまっていない。正式な同盟を結ぶべきだという声が、私の部隊や父さんの部隊の一部からも上がっている」

 

 

 彼女の部隊──スノーデビル小隊と、その父であるパトリオットの部隊──遊撃隊は、その長に倣うかのように隊としての、兵としての教育が行き届いている。

 そしてその為人も大きく影響を受けているのだが、今回のこの状況にはフロストノヴァも驚いていた。

 

 自身の隊から、同盟の話とはいえ現状のみならず、これ以上を求めようとする声が上がるとは思わなかったのだ。

 相談のために父に聞けば、同じような声が隊員から上がったというのだから、彼女は更に驚くことになった。

 

 たった三週間ほどでこれなのだから、時間が経つとどうなってしまうのか? 

 

 兄弟姉妹との仲違いの可能性があることに、彼女は恐怖する。

 

 

『良い状況ですが、どういたしましょうか?』

 

「……シャイニング」

 

「……おそらく『皆さんから求められていること自体は嬉しいですが』というような意味かと。オーナーは謙遜する表現をよく使用しますので……」

 

「そうか」

 

 

 フロストノヴァは小さく溜息をつく。

 この約三週間で何度か経験していることだが、時折耳にする『オーナー』や『ノア』の誤解を招くような言い回しには、未だに慣れてはいなかった。

 

 

「──一応聞かせてもらうが、そちらに私達と共に歩む選択肢はあるのか?」

 

 

 流れた微妙な空気を切り換えるように、タルラが問う。

 少しの静寂の後、機械音が響いた。

 

 

『 シエンハ カノウ ドウメイハ フカノウ 』

 

『 イツカ コノチヲ サル ケッテイジコウ 』

 

「……そうだろうな。すまない、分かり切っていることを聞いてしまった。ではその上での話になるが…………どうしてもそちらに甘える形になってしまうが、今すぐ支援を打ち切るのは待って貰えないだろうか?」

 

 

 無茶を言っている、という自覚があるのだろう。

 タルラの表情にはいつもの覇気が無く、いつになく弱弱しい声音だった。

 

 

『そちらの方々の直接的な行動を抑えられるのならば、問題ありません』

 

「勿論だ。声を上げている者達については、私達が厳正に対処することを約束する」

 

「……タルラに同じく、私も約束しよう。父さんの方にも私から伝えておく」

 

『よろしくお願いします。あとは、支援の期限を設けるべきだと考えます』

 

 

 その言葉にタルラは、やはりその結論になるか、と身構える。

 何時か必ずその時が訪れると分かってはいたものの、いざ言葉にされてしまうと、一抹の寂しさが胸をよぎった。

 

 

(……待て。何故、私は今『寂しい』と感じたんだ?)

 

 

 覚えた感情に困惑するが、彼女はそれを振り払って尋ねる。

 

 

「助けられている身の上だ。当然そちらの希望に沿うが、期間はどうする?」

 

『 サイタン ニジュウニチ サイチョウ サンジュウニチ 』

 

「……こちらの想定よりも長いのは助かるが、何故その日数なんだ?」

 

 

 その問いに、無線機は反応を示さない。

 タルラとフロストノヴァがシャイニングの方を見れば、彼女は静かに首を横に振った。

 

 

「答えない、あるいは答えられない質問という意味だと思います。……特に意味の無い場合もありますが、どちらにせよ回答は得られないはずです」

 

 

 シャイニングの言葉に、二人はそれ以上の追及をすることを止めた。

 これまでの日々で打ち解けた部分はあるものの、ここは踏み込むべきではないと判断した。

 

 

「ではこれからについてだが──」

 

 

 そこから話し合いは、残りの日数で出来ることを、あるいは優先して支援してもらうべき部分を決定することに終始していく。

 

 

 しかし、その内容は難航を極めた。

 

 

 そもそもこれまでの間に、彼女達感染者組織の内情は十分に改善されている。

 

 そこから食料事情などの更なる改善を求めれば人が足りず、人を集めるには『ノア』による遠方からの輸送が必須になるのだが、そのために『ノア』を使用すれば今度は資源回収の効率が格段に落ちる。

 そして資源回収が遅れれば、食料事情を改善するための設備が『ノア』で作れなくなるという、あちらを立てればこちらが立たず、という状況にいることが判明したからだ。

 

 またこれ以上の勢力の拡大は、『ノア』が離れた後に組織が破綻する可能性を高めることも問題に挙がった。

 

 

「──タルラ、この規模が限界と言うのなら、組織の拠点を分散するのはどうだ?」

 

「……駄目だ、防衛戦力が足りない。そのために部隊を滞在させれば、今度は遠征が難しくなる」

 

「そうか……。まさか助ければ助けるほど、自らの首が締まることになるとはな……」

 

「冗談なのは分かっているがそんなことは言わないでくれ、フロストノヴァ。感染者がより多く助かるのは喜ばしいことだ」

 

「分かっている。だが実際にこれ以上はどう考えても不可能だろう? 組織内部の質の向上に充てるべきだ。遠方の感染者の輸送はすればするほど距離が遠くなる」

 

「……ここに辿り着くまでに力尽きる者は見捨てろというのか」

 

「違う。今生きている者を、集った者達を、蔑ろにするなと言っているんだ」

 

「だが、それは……」

 

 

 白熱する二人から離れた場所で、シャイニングは内容に耳を傾けながら椅子に座っていた。

 その膝の上には無線機が置かれており、彼女の両手に優しく包まれている。

 

 

『シャイニングはどう思いますか?』

 

「……どちらの言い分も一理ありますが、タルラの意見に惹かれます。一人でも多くの感染者が救われることは、私達『使徒』の望みでもありますから。……オーナーはどう思うのですか?」

 

『問題はあるようですが、彼女達にも移動都市があれば解決しそうだと感じました』

 

「それは確かにそうですが、それが無いから彼女達は困っているのです。……分かっていますか、オーナー?」

 

「────待て」

 

 

 まだまだ終わりそうになかった議論が、タルラの声で止まる。

 タルラは少し考える素振りを見せた後、その口を開いた。

 

 

「……移動都市なら、心当たりがある」

 

 

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