「手助け、だと?」
奥歯を噛み締め剣を握る力を更に強めたタルラが、眼前のコシチェイを、気迫を込めて睨み付ける。
「私の思考や行動を、『ノア』と『オーナー』に積極的に関わるよう誘導していた奴が何を言う?」
「ほう、気付いていたのか」
怒りの表情を見せるタルラとは対照的に、コシチェイは感心したようにその目を細めている。
我が子の成長を喜ぶかのように振る舞うその態度は、彼女の怒りに燃料を投下するばかりだが、彼自身はそよ風に煽られたかのように気にも留めていない。
「だがタルラ、私の言葉を忘れたのか?」
「『私のアーツは、単にある過程を加速させるだけのもの』」
「それはつまり、お前自身が望むことでなければ影響は無い、ということだ」
「……『ノア』や『オーナー』との交流を、お前は望んでいた。違うか? 私はその背中を押してやっただけだ」
その言葉に、タルラが怯む。
不味い、と彼女が気が付き、取り繕おうとした時には既に、コシチェイの笑みは深まっていた。
「タルラ、無駄なことはするな」
「即座に私を切り捨てなかった時点で、お前の負けだ」
「皇帝の近衛兵……『皇帝の利刃』にどう対処するか、これといった策も無いのだろう?」
いつの間にかタルラの手からは剣が消えていた。
それはつまり、コシチェイの言ったことが正しいということの証明。
タルラは得物を失くした腕を力なく下げるが、その鋭い視線だけは変わらずコシチェイに向けたままだった。
「さて、ようやく話が出来る」
「……早く話せ。私はお前と会話がしたい訳じゃない」
「タルラ、そう焦るな。お前に教えられることは全て教えたが、その知識を活かすための経験がお前には足りていない。よく考えれば自身の力のみで導き出せるはずのことだ」
「………………」
「パトリオットから聞いたのだろう? 周囲から『皇帝の利刃』に監視されている、と。しかも一人二人などではなく四人。四方からともなれば、対処は容易ではない」
「……私達レユニオンの戦力を集中すれば撃破は可能だと結論は出ている。だが一方を対処している隙に他方から襲撃されることは明白だ。奴らの目的がほぼ間違いなく『ノア』であることを考えれば、慎重に動かざるを得ない」
「本当にそうだと思うのか?」
「……何が言いたい?」
訝しむタルラに、コシチェイは「まず一つ」と言って人差し指を立てた。
「何故四方に展開しているのだ? 『ノア』が常に動いているのならまだしも、ここしばらくは修理のせいで動くことが出来ていない。襲撃時ならともかく平時から四方に展開するのは、各個撃破の良い的だ」
続けて二本目の指も立てる。
「四方に展開するのは襲撃の時だけではない。他の場合は?」
「他の場合……? ……いや、待て。まさか『護衛』か? 有り得ない!」
自身の考えを否定するかのように声を荒らげるタルラを見つめ、コシチェイはゆっくりと三本目の指を立てた。
「修理の間、正規軍との戦闘は一度も起きていない。彼らがそれらを遠ざけているからだ」
「……何のためにっ」
「現皇帝の理念を思い出せ。『ノア』の存在は言うまでもないが、お前達『レユニオン』の存在も今となっては無視出来るものではない」
コシチェイの下で学んでいた頃の忌々しい記憶を掘り起こし、該当するものをタルラは思い出す。
現皇帝は先帝と違い感染者にも手を差し伸べようと考えてはいるが、先帝が遺しウルサスへと根付いた悪しき風習と慣行がそれらを妨げており、更には現在の上位層である貴族達が事ある毎に横槍を入れるため遅々として進んでいないということを。
「つまりこの状況を、現皇帝も好機と見ている……?」
「そうだろうな。私はあの態度や理想を好んではいないが、どうやら時機を見誤らない程度には無能ではないらしい」
「戦闘や奪取が主目的ではないとすれば、対話の余地はある。いや、むしろここで繋がりを持つことが出来れば──」
不満げに鼻を鳴らすコシチェイを他所に、タルラは顎に手を当てて思考に没頭する。
その姿を楽しそうに眺めたコシチェイは、役目を終えたとでもいうようにその姿を消した。
タルラだけが残った空間で、声が響き渡る。
「タルラ、最後の忠告だ。どれだけ策を巡らせようとも、相手の立場や思考を理解し、多角的な視点で物事を見ることが出来なければ意味は無い。来たるその時まで、存分に励みなさい」
「──待てっ! ここまでする目的は何だ!」
コシチェイの姿が消えていることに気付いたタルラが問いただすが、その問いへの答えが返ってくることは無かった。
それでもなお声を上げようとしたその時、彼女の視界は暗転する。
そして再び目を開けば、そこは簡易なテントに備えられたベッドの上であった。
「……夢、ではなかったようだな」
鮮明に思い出せる会話の内容が、その事実を後押しした。
自身に渦巻く感情を落ち着かせるために、タルラは一度、深呼吸をする。
「──私の感情を優先している暇はない」
自分自身に言い聞かせるように言葉を吐き捨て、彼女は新たな可能性を探るべく、早々に身なりを整えてテントを後にする。
その背には黒い蛇のような何かが現われ、すぐにその何かは掻き消えた。
「私の見立てでは『オーナー』は間違いなく男性、言動から考えれば年の頃は大人だが若い部類」
「威圧的な態度を取ることもない。思想や行動から察するに、上に立つような人物像ではなく、むしろ誰かの下で働くような小市民に近いだろう」
「そうであれば遠回しな策も必要ない。こちらの事情に関わらず、受けた支援に勝手に恩義を感じるはずだ」
「そして彼は必ず、このウルサスの地に戻ってくる」
「その時に逃がさなければいい」
「……いつまでも待とうではないか」