近付くもの全てを焼き焦がす炎。
触れたもの全てを凍て尽くす氷。
そしてその二つさえも吞み込まんと蠢く、漆黒の瘴気。
地獄を見たことがあるかと問われれば、『今目の前にある』と答えてしまうような光景が、雪原に刻まれていた。
「フロストノヴァ、アーツの出力を上げろ! 瘴気が拡がっている!」
「それはこっちの台詞だ、タルラ! それがお前の限界か!」
破壊と蹂躙の傷跡、その中心。
見る者に恐怖と絶望を抱かせる黒い瘴気を纏った皇帝の利刃に、タルラは肉薄する。
振るわれた刃と刃が音を鳴らし、互いを滅ぼさんとアーツ同士がせめぎ合ったが、何度試しても炎が瘴気を吞み込むことは無い。
刀身を伝った漆黒がタルラの手へと迫り、それを察知したフロストノヴァが、自身のアーツを割り込ませる。
その隙にタルラは距離を取った。
タルラと『レユニオン』の兵士達が皇帝の利刃と戦い始め、そこにフロストノヴァと『スノーデビル小隊』、更には『遊撃隊』の面々が加わって早数十分。
時折放たれる瘴気を纏った攻撃が、少し離れて周囲から絶えず牽制を続けている兵士達を削り、接近戦にて勝負を仕掛けるタルラとフロストノヴァの両名も、その圧倒的な実力に負傷は増えるばかりだった。
周り全てが敵である状態で、ウルサスの悪魔──皇帝の利刃だけが、余裕を携えてこの戦場に立っている。
(────来た! 合図だ!)
決して手を抜いていた訳では無い。
だが自身もフロストノヴァも、後先を無視して全力で掛からねばこの悪魔に刃は届かない。
タルラがそう覚悟を決めかけたその時、周囲の仲間達のその一角から白日の中で放たれた信号弾が、視界に映った。
「…………ここまでか」
不意に視線を外したタルラに攻撃を加えるでもなく、彼女の視線の先を追った皇帝の利刃は、信号弾の光を見てマスクの隙間から大きく息を零した。
そして自身の得物を鞘に納めると、纏っていた瘴気は次第に空気へと溶け、霧散していく。
「……どういうつもりだ?」
「戦闘が始まった際の状況、救援にボジョカスティが現れない理由、私を本気で殺しに来ない事情、そしてあの信号弾……。お前達の作戦が成功したということは想像に難くなく、そして私の想像通りであるならば、これ以上の戦闘は無意味だ」
警戒を緩めないフロストノヴァの問いに、皇帝の利刃は詳らかに答える。
先程までの戦いがまるで無かったかのように振る舞うその姿に、タルラも大きな息を吐いた。
「話し合いに応じる、と?」
「内容次第だ、コシチェイの娘よ」
「……娘などではない」
「私がそう判断した。お前の今の在り方に、コシチェイの意志は確かに根付いている」
結果だけを見れば、『レユニオン』の作戦は成功し、全ての目標も達成した。
その事実を再認識し、苦々しい表情を浮かべていたタルラも、喉まで出掛かっていた言葉を呑み込む。
そして現れるのは、確固たる意志を持った主導者の顔。
(……ここからだ。ここから私は、為すべき事を為す)
その顔に、迷いや陰りはもう無かった。
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「──いやー、凄かった……」
椅子の背もたれに体重を預けながら、伸びを一つ。
ゲーム画面には『レユニオンが勝利条件を達成しました』の文字が表示されており、ようやく一段落が着いた。
あちらはあちらで、作戦を無事完了したのだろう。
それにしても中々見応えのある戦闘だった。
巨体に似合わぬ俊敏な動きで、皇帝の利刃を相手取るパトリオット。
光り輝く剣を振るい、受けた傷を治癒しながらも戦うシャイニング。
個としての強さを示しながら、熟練した連携をも見せた皇帝の利刃。
振るわれた武器が重厚な音を鳴らし、飛び散った血液が地面を赤く染める。
そして攻撃の余波で削れていく『ノア』の耐久力!
特にパトリオットの振り下ろし攻撃は冷や冷やした。一回皇帝の利刃に避けられて地面を叩いた時、目に見えて耐久力のゲージが減少したし……。
「修理もしたいけど、移動が先だよな……」
現在『ノア』は一時停止し、皇帝の利刃達とパトリオットだけが、少し離れた場所に降ろされている。
皇帝の利刃達は拘束等はしていないが、その負傷は見て明らかであり、パトリオットが居れば問題も無いだろう。
ちなみにこちらのネームド達は『ノア』の内部で、自身と住民の治療にあたってもらっている。
事前に通達していたとはいえ、急な減速で建造物にぶつかり、傷を負った住民も居たらしい。申し訳ない限りだ。
『……オーナー、タルラから伝言だ。またいつの日か、だそうだ』
無線機を使用していたパトリオットが、皇帝の利刃達から視線を外さないままそう告げる。
別れの言葉は思いの外簡素だけど、この状況で長々と話す訳にはいかないのも事実。交流中に何度も言葉は交わしたし、次の機会が訪れることを祈るしかないようだ。
『……我々の物よりも高性能な通信機器か』
『交渉し、先に駐屯地の7と連絡を取るか?』
『いや、それよりも国境付近の正規軍を移動させるのが先だ』
『ノアの逃走を阻めないのならば、他の部隊に存在を察知されないようにする必要がある』
画面上で皇帝の利刃達の会話テキストが表示されていく。
タルラも言っていたけど、ウルサスって本当に内部対立とかしているんだな。
面倒事なくこの国から出られるのであれば、それに越したことは無いんだけど……。
手回ししてくれるのであればありがたい。
でも判断が難しいし、まずはパトリオットに聞いてみようかな。
『……オーナー、彼等は今、ウルサス軍部の暗号通信を使用していた』
『私が所属していた頃とは違う、不明な言葉の羅列だ』
『無線機は取り上げ、外部との通信手段が無い以上、放置していたのだが……』
『何故解読出来る?』
画面のパトリオットは手に持った無線機をジッと見つめ、心なしか圧を伴った視線が、皇帝の利刃から向けられているような気がした。
「──普通に会話してるから、それが暗号だなんて分かるはずないじゃん!」
やらかしたかもしれない。
いや確かによくよく考えれば、パトリオットが目の前に居るのにするような会話では無い。
それに今思えば、テキストは表示されていたけど、ボイスは無かった気がする。
──でもそれで気付くのは無理だって! 何で勝手に翻訳されてるんだよ!
『……彼等が事を起こす前に、早急に立ち去ることを勧める』
俺もそう思う。
皇帝の利刃達の気配が不穏になった気もするし、さっさと退散してしまおう。