『ノア』の中心に設置された祠の前に、三つの人影が並ぶ。
銃を二丁携えた赤髪のリーベリ──フィアメッタと、車椅子に腰掛け頭上には光輪を浮かべるサンクタ──レミュアン。
二人の間に居たモスティマは、微笑みと共に一歩を踏み出して前に出た。
「久し振り、オーナー」
『久し振りです、モスティマ。元気そうで何よりです』
「…………君、喋れたんだ」
何かしら情報の共有はしていたのだろう。
初めて耳にする『オーナー』の声に、三人は驚きの表情を浮かべ、モスティマも思わず口に出してしまう。
『 オ名前ヲ、オ聞キシテモ? 』
「……ラテラーノから使者として参りました、フィアメッタと申します」
「同じく、レミュアンと申します」
『フィアメッタにレミュアンですね? モスティマの知り合いであれば遠慮は不要です。どうぞ楽にして下さい』
その声と共に、モスティマとフィアメッタの後ろには椅子が現れた。
報告に無い男性の声。報告に無い流暢な機械音声。
そして報告にはあったが、実際に目にすることとなった一瞬での建造物の生成。
立て続けの出来事に混乱する思考を抑えながら、フィアメッタはモスティマに目を向ける。
(報告書に嘘を書いていた訳じゃないでしょうね、モスティマ?)
懐疑と苛立ちのこもった視線に、モスティマは振り向かない。
「ありがとう、オーナー」と言いながら、何事も無いかのように彼女は着席し、少し遅れてフィアメッタもそれに続いた。
『それで、今回はどういったご用件で?』
「話が早くて助かるよ。面倒な仕事は先に済ませておきたいしね」
微笑みを止め真面目な表情へと切り替えたモスティマは、居住まいを正した後で、告げた。
「ラテラーノは『ノア』との交流を望んでいる。一度こちらにご足労を願えないかな?」
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「──ただいま」
日が落ち始めた夕方頃。
ラテラーノからの使者である三人のために建てられた宿泊所。その部屋の一室に、モスティマは楽し気な気配を纏って入って来た。
その姿を捉えたフィアメッタは眉を吊り上げ、レミュアンは困ったように笑う。
怒るフィアメッタを宥めようとしたモスティマは、レミュアンの姿を見て固まった。
その視線を追ったフィアメッタも、理由が分かったのか溜息を吐く。
レミュアンが、車椅子も無しに立っている。
無理をしている様子は微塵も無く、その姿は自然そのものだ。
「……オーナーのおかげかな、レミュアン?」
「ええ。モスティマ、あなたが居ない間にちょっとね……」
最初の対話を終え、モスティマが『ノア』に滞在していた頃の住人達に再会の挨拶に行っている間、残された二人は『ノア』と『オーナー』との交流に勤しむこととなった。
その交流、その会話の中で、レミュアンが救急キットのお礼を言った際、事は起こったのである。
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「オーナー、あなたがモスティマに渡した救急キットのおかげで、私は昏睡状態から目覚めることが出来たらしいの。……本当にありがとう」
『そうでしたか、役に立ったのであれば幸いです』
「同じ小隊の一員として、私からもお礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
『いえいえ……。それにしても、救急キットと鉱石病予防薬はラテラーノに持ち込まれたのですね。報告に併せて龍門に持っていくと思っていたのですが……』
「……? ──っ!? モスティマ、あいつ……!」
『レミュアン、彼女はどうかしたのでしょうか?』
「……ごめんなさい、少しだけ私達に時間を頂けるかしら? 実は私も少し混乱しているから……」
『構いません。それとレミュアン、よろしければもう一つ救急キットを差し上げましょうか? 足が治る可能性があります』
「…………オーナー、もしかして私達を混乱させて楽しんでいたりするのかしら?」
『滅相もありません』
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「──どうやらオーナーと打ち解けてくれたみたいだね」
「鉱石病予防薬って何よ? アンタがやったこと、全部話しなさい」
軽口で切り抜けようとしたモスティマを、フィアメッタは逃さない。
助けを求めてレミュアンを見るが、彼女もまたフィアメッタと同じ気持ちなのか、動く気配は無かった。
観念したモスティマが大きな溜息を吐き、自身が行ったこと、意図的に報告していなかったことを話し出す。
『ノア』からは龍門──『ペンギン急便』へ報告するのをお願いされたこと。
渡された手土産は、救急キットと鉱石病予防薬の二種類だったこと。
そして実際には龍門とラテラーノの両方に報告し、その際手土産を二つに分け、詳細もそれぞれの分しか伝えなかったこと。
「──と、まあこんな感じかな」
「何のためにそんなことを」と、フィアメッタは言いかけて、その言葉を飲み込んだ。
『ノア』の要望を曲げて、ラテラーノに救急キットを届けた。
そしてあの日の会話の内容も、その事実を後押しする。
「私のため?」
申し訳無さそうな表情で、レミュアンが聞く。
モスティマは黙って頷き、フィアメッタは複雑な表情を浮かべた。
「オーナーには一応謝罪したわ。『モスティマの大馬鹿が勝手なことをしたかもしれない』ってね」
「でも、気にしてなかったでしょ?」
「……ムカつく」
機嫌が悪そうに、フィアメッタはそっぽを向く。
「モスティマ、私は助けられた身だから強く言えないけど……」
「分かってる。後でちゃんとオーナーに謝罪するよ」
「ええ、そうした方が良いわ」
その言葉を聞いて、レミュアンも追及を止めた。
「──さて、私も遊んできた訳じゃないからね。報告をしてもいいかな?」
淀んだ空気を晴らすかのように、モスティマが声を上げる。
複雑な感情を抱えたまま、三人は部屋に備え付けられた椅子とテーブルへと向かった。
「二ヶ所同時に接点が生まれたってことは、一石二鳥だな!」