箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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ノア 裏②/41ー45日目

 

 

 移動拠点『ノア』において、住民達が崇める『ノア』と『オーナー』の両者と対話する方法は、シンプルなものとなっている。

 

 中央に設置された祠に向かって呼び掛ける。

 『ノア』が生成した無線機を用いて呼び掛ける。

 拠点上や内部、あるいは『ノア』からそれほど離れていない場所で虚空に呼び掛ける。

 

 上記の方法であれば、必ずでは無いが反応が返ってくることを住民達は知っている。

 

 ただその中の一つである無線機については、遠出や特殊な状況下でしか使用されないため、他に比べて頻度が低い。

 

 ただ一人を除いては。

 

 

『リターニアに寄りたい、ですか?』

 

「はい、どうかお願い出来ないでしょうか?」

 

 

 基本的に『ノア』では一家族につき一つの住居が与えられており、身寄りの無い者については年齢や性別、種族を考慮した上で、数人で一つの住居に住まわせることとなっている。

 その例外が、仕事内容が最も重要と判断されている、住居兼診療所に住んでいるシャイニングだ。

 

 誰も見ていないというのに礼儀正しく背筋を伸ばして椅子に座る彼女は、机の上に電話機のように設置された無線機へと語り掛けていた。

 

 

『理由を聞いても?』

 

「……以前お話しした私の仲間──ニアールさんとリズさんが居る可能性が高いからです」

 

 

 鉱石病感染者を快く受け入れる国家や都市は、非常に少ない。

 いやそれすらも語弊があり、実際に『快く』してくれることは皆無に等しいだろう。

 

 その中で比較的に見て良いとされる国の一つが『リターニア』だと、シャイニングは説明した。

 鉱石病とアーツには非常に密接した関係があり、アーツ研究が盛んな『リターニア』では、鉱石病の者も少なくない、と。

 

 

「『ノア』に来る直前、ある程度までは行先を取り決めていたのですが、予定よりも月日が経ってしまいました。今はもう移動をしてしまっていることでしょう。お二人は……鉱石病患者ですので、この近辺であれば『リターニア』しか滞在場所は無いはずです」

 

 

 その声はいつも通りの理路整然とした落ち着きのあるものであったが、彼女の瞳には確かな不安の色があった。

 

 ──断られるかもしれない、と。

 

 しかしその予想は、即座に裏切られることとなった。

 

 

『分かりました。シャイニング、貴女にはいつもお世話になっています。こちらで調整しましょう』

 

「……それはとてもありがたいのですが、本当に良いのですか?」

 

『気にすることはありません。リターニアは芸術や美術、音楽が発展していると聞きました。楽しみです』

 

 

 その言葉に、シャイニングは安堵の息をついた。

 本来一人の意思で移動都市などが動くことは有り得ず、我儘と切って捨てられても文句は言えないと考えていたからだ。

 

 

「それと、もう一つお願いがあります。無事にニアールさんとリズさんに出会えた場合なのですが、二人を『ノア』に乗せて頂くことは可能でしょうか?」

 

『はい、問題ありません。むしろ歓迎します』

 

 

 続くお願いも快諾されたことに、彼女の顔が少しほころぶ。

 

 

『ノアを離れると言われなくて、安心しました』

 

 

 その言葉に、シャイニングは目を見開いた。

 同時に、その胸中には驚きが訪れる。

 

 

(それは、考えもしませんでした……)

 

 

 ニアールとリズ。

 シャイニングの、この二人に対する想いは一入で、特にリズに対しては、唯一の家族と思って接しているほどだ。

 『ノア』に行くと決めた際もリズのことを考えて最後まで悩み、ニアールから激励の言葉と共に背中を押されなければ、今ここにシャイニングが居ることも無かっただろう。

 

 それほどの存在だというのに、彼女の脳裏に『二人の下へ戻ること』は思い浮かばなかった。

 

 その事実に気が付き、彼女は驚いたのだ。

 

 

(……ですが、ええ、きっとそうですね)

 

 

 ──大切なものが、増えたということなのでしょう。

 

 胸の奥に宿った仄かに暖かい光。

 その光をより強く感じられるように、彼女は瞳を閉じる。

 

 そして先程よりも柔らかな微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「──全員分の食事は用意してある。受け取りに来れる者はこちらに並べ。難しい者はこちらで持っていくから待機していろ」

 

 

 『ノア』の上部。昼下がり。

 

 資源採取に勤しんでいた住民達は『 難民ヲ発見シマシタ 保護シテ下サイ 』というアナウンスと共に、俄かに慌ただしくなった。

 

 採取地で使用していた道具等を回収する者、『ノア』の指示を受け取り保護へと向かう者、手慣れた様子で消化に良い食事を作り始める者。

 皆が一丸となった結果、アナウンスから一時間も経たない内に全ての工程は終了し、集められていた人手の多くは元の作業へと戻っている。

 

 そして今現在、落ち着きを取り戻した難民達への説明が行われようとしていた。

 

 

「村長、食事は行き渡ったようです」

 

「よし。──食べながらでいいから聞いてくれ!」

 

 

 村長、と呼ばれた男の声に、貪るように食事へとありついていた者達が一斉に目を向ける。

 十を超える視線に込められた感情は様々だが、総じて暗いものが多く見受けられた。

 

 

「私達はあなた方を保護し、このように食事も提供している。怪しいと感じる者も多いかもしれないが、こちらに敵意が無いことは感じ取って頂きたい」

 

「望む者が居れば、住民として受け入れることも考えている。だが疲れた体と心では、正常な判断も出来ないだろう」

 

「数日間この『ノア』で過ごした上で、各々で決めて欲しい。……何か質問はあるか?」

 

 

 望外の提案に驚き狼狽える難民達の中から、壮年を迎えて暫くは経っていそうな、険しい表情をした者が立ち上がる。

 この集団のまとめ役か、と考えながら、村長はその男と視線を合わせた。

 

 

「まずは我々を救ってくれたことに感謝する。……村長と呼ばれているあなたが、この拠点の長か?」

 

 

 その言葉を口にし、男は溢れ出そうになった悲鳴を辛うじて飲み込んだ。

 合わせられた視線にはハッキリとした怒気が含まれており、心なしか周囲からも同じものが投げ掛けられていることに気付いたからだ。

 

 硬直して動けない男から視線を外して、村長は大きな息を吐いた。

 

 

「申し訳ない。怖がらせるつもりは無かった」

 

「村長と呼ばれているのは、昔の名残に過ぎない」

 

「この移動拠点『ノア』には、れっきとした主がお二人居る」

 

「──くれぐれもそこだけは間違えないでくれ」

 

 

 その言葉達は先程までの怒気が嘘のように、笑顔で放たれたものだったが、それを受けた男性はただただ恐怖した。瞳の奥は笑っていない、と。

 声も出せず必死で頷く男の姿に、遠巻きにいた住民達は優しい目を向けた。

 

 

「久し振りの住民候補だ。何時振りだ?」

「ウルサス帝国に踏み入った最初の時以来じゃないか?」

「敵意が無さそうなのは面倒が無くて助かるわね」

「そうだな、誰かさんの時は酷かったもんな」

「私の古傷を抉るのは止めてくれ。あの頃は私が愚かだったのだ」

 

「おい、暇なら案内を手伝え」

 

 

 村長からの命令を聞き、それぞれが難民達へと駆け寄っていく。

 

 これから行われることは、そう大したことではない。

 荒野を歩き通したであろう彼等を暖かい風呂に入れ、擦り切れた衣服の代わりに新たな服を着させ、ここで過ごす上でのルールを教えた後は、野生生物等の脅威を感じる必要の無い安全で柔らかなベッドで眠らせるだけだ。

 

 しかしそれらを知る由の無い彼等は、どことなく怯えながら住民達に着いていく。

 

 

「待て、リーヴァとビガロには話がある」

 

 

 呼び止められた二人の住民が、村長の方へと振り向いた。

 

 

 ――――――――

 ――――――――

 

 

 

「──という訳で、オーナー様から許可を頂いた。次の目的地である『リターニア』で、よく学んできてくれ」

 

 

 説明を受けた二人は、異なる反応を返す。

 

 

「私が行って良いんですか? 楽しみですっ」

 

 

 十歳を超えたかどうかすら怪しい小柄な体躯で、ふわふわとした癖のある短めの茶髪を目元まで伸ばした女の子のコータス──リーヴァは、楽しそうに声を弾ませる。

 

 

「分かりました。この機会を無駄にはしません」

 

 

 燕尾服が似合いそうなスラリとしたシルエットで、幼さの残る顔立ちとは裏腹な鋭い目つきに、濃紺の髪と捩れた角を携えた青年のキャプリニー───ビガロは、厳かに言葉を発した。

 

 

「ノア様とオーナー様に迷惑はかけないように、な?」

 

「「はい」」

 

 

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