『ノアよりもリターニアの方に住みたいですか?』
無線機からその言葉が聞こえた瞬間、僕は自身の耳を疑いました。
移動艦であった『ロドス』を除けば、僕が見たことのある移動都市はウルサスの『レユニオン』しかない。
『レユニオン』がボロボロであったことを加味しても、この『ヴィセハイム』の方が全ての面で優れていることは明らかで、それを踏まえた発言のつもりだったのだけれど、オーナー様はどうやら違う受け取り方をされているらしい。
僕が返した言葉に、オーナー様は答えてくれなかった。
待て、落ち着こう。
教えて貰ったことを思い出さなければ。
深呼吸を一度してから、膝を曲げて床に座る。
無線機は床に置くのは忍びなかったので、目線の高さにあったテーブルの上に移した。
『これは拙僧が生まれたところでは正座と呼ばれていて、真剣な話の時にするものでござる』
今がその時だろう、と僕は考える。
「すみません、オーナー様。復唱させて頂きますが、『ノアよりもリターニアの方に住みたいですか?』と仰いましたか?」
『はい、概ねその通りです』
「……そうですか」
『オーナーの言葉は本人の意思とは違う時がある。気になった時は復唱して確認しろ』とはフロストリーフさんの談だ。
だが今回に関しては、ちゃんと一致しているらしい。
シャイニング先生が言っていた『オーナーはどこか浮世離れしています。私達とは考え方の根本的な部分が違うのかもしれません……』というのは、きっとこのことなのかもしれない。
……さて、それが確認出来たところで、どうするべきか。
「オーナー様には、僕がこの都市に移住したそうに見えましたか?」
『楽しそうに街を眺めていました。それにこの都市の生活水準は、明らかにノアよりも高く感じます。惹かれてしまうのは無理も無いかと』
「なるほど。でははっきりと申し上げますが、僕に移住の気持ちはありません。ノア様とオーナー様が許す限り、私の居場所は決まっています」
無線機は沈黙している。
これは僕の本音だが、オーナー様に分かって頂くにはちゃんとした理論も必要に感じた。
「生活水準が高いことは移住の決め手にはなりません。ノアでの暮らしは衣食住が満たされていますし、住民間の軋轢もありません。それらを捨てるほどまでの魅力は、この都市には無いでしょう」
「それに移住するとしても、ここは領主が治める移動都市です。外部の者が『住みたい』という理由だけで住めるほど、簡単なものでは無いと思います」
「……分かって頂けましたでしょうか?」
少しの沈黙の後、無線機の音が響いた
『文明の発展具合が予想外だったので、余計なことを考えてしまいました』
「いえ、お力になれたのであれば光栄です」
『ビガロ、ありがとうございます』
その感謝の言葉に、胸が熱くなる。
受けた恩を考えれば僕がしたことは微々たるものではあるだろうけど、オーナー様のために何か出来たという事実が、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。
……もっとお役に立ちたいな。
話も一段落したところで、正座を解いて立ち上がる。
たった十分くらいだったのに、僕の足は痺れていた。何時間も正座で居れるサガさんは凄い。
『ところで先程の質問をリーヴァにもする予定だったのですが、やめた方が良いでしょうか?』
「絶対にやめましょう」
『楽しそうに街を眺めていたのが駄目だったのですね? 分かりました!』と言って、何をしでかすか分かりません。
僕よりずっと賢くて危うい子なんですから。
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「──今更だけど、私と同じ部屋で良かったのか?」
「えっと、どういう意味ですか?」
「お前とビガロは非感染者だろ? 感染者の私より──」
「──フロストリーフさん、関係無いですよ。ノアの皆は家族です。そこに病気の有無や種族の差もありません」
「……そうだな、リーヴァ。お前の言う通りだな」
「そんなことより、一緒にお風呂に入りませんかっ? せっかくの広いお風呂ですし!」
「分かった、分かったから袖を引っ張るな!」
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かつてこのリターニアを治めていた巫王は、アーツに長けているだけでなく音楽家としての才能もあった。
それはアーツ技術と同様に凄まじいもので、戯れに生み出した旋律でさえ大きな力を持つほどであったという。
巫王の死後、その力に目を付けた者達が居る。
『巫王派の残党』と呼ばれるその者達は、旋律を『塵界の音』と名付け、巫王の血統に連なる者達へと埋め込む実験を行った。
数歳の子供達を犠牲にすること十数回。
二人の子供が生き残ったが、その結果は彼等が望むものとはならなかった。
一人は失敗し、不完全な状態。
無意識に漏れ出す力は周囲の人々──特に感染者に対して悪影響を与える始末。
一人は成功し、完全な状態。
アーツの力は強化されたが、かつて猛威を振るった巫王のそれには到底及ばない。
そしてある日その実験場は摘発され、『巫王派の残党』の計画は打ち砕かれた。
二人の子供は、周りの思惑に乗せられ、今もなお生きている。
実験によって刻まれた『塵界の音』は、通常の方法で治ることは無い。
ノアの鉱石病予防薬は意味を成さない。
ノアの救急キットは原因を取り除けない。
しかし症状を抑制し、活力を与える効能は、影響を与えない訳では無い。
「クライデ、何処に行っていたんだ? 探したぞ」
「すみません、お爺さん。オーナー様に呼ばれていたんです」
「そうか……。何かあったのか?」
「いえ、特には。いくつか薬を飲むように言われただけです」
「……怪しい薬では無いだろうな?」
「大丈夫ですよ。むしろ調子が凄く良いんです」
≪『塵界の音』を一部、直しました≫
≪『塵界の音』を一部、直しました≫
≪『塵界の音』を一部、直しました≫
「ん-……クライデのステータスの『塵界の音』ってやつ、薬を投与しても治らないな」
「ポップアップはちゃんと出てたはずなんだけど……」
「アリーナの時みたいに数が足りない? あと何回か試してみるか」
「多分これが住民の不調の原因だと思うんだよなー」