箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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リターニア③/45日目

 

 

「……思っていたよりも早く片付きましたわ」

 

 

 処理を完了した書類の束を部下に渡し、執務室の机に戻ったループスの女性──ゲルトルーデ伯爵は、椅子の背もたれに深く身体を預けながら大きく息を吐いた。

 

 午前の視察、昼の会合、午後の応対、そして先程終わらせた書類仕事。

 丸一日働くこと自体は領主である彼女にとって珍しいことではないが、ここ数日はそれが続いていたため流石に堪えていた。

 

 仕事が早く終わったとはいえ、窓の外は闇に満ちている。就寝の時間にはまだまだ早く、更に言えば不眠症である彼女は、直ぐに眠りにつくことも出来ないだろう。

 中途半端な時間が生まれてしまったことに、彼女は頭を悩ませる。

 

 その時ふと、午後に会ったとある人物の事を思い出した。

 

 

「不思議な方でしたわね」

 

 

 ラテラーノの役人だというサンクタの女性と、その女性が持つ無線機から声を発した男性。

 サンクタに関しては特筆すべき点は無かったが、問題は男性の方だ。

 

 管理している移動拠点を離れることが出来ないという理由で、この場に姿は現さず声のみであった。

 だがその声と会話から、領主になってから様々な種族・年齢・身分の者と会ってきた身であるのに、そのどれにも当てはまらないという印象を彼女は抱いた。

 

 その二人の事を思い出しながら、彼女は机の引き出しを開ける。

 

 取り出したのは、手の平に容易く収まる小さな白いケース。その中に一つだけ入れられている、親指の爪程の大きさの白く丸い錠剤。

 

 応対の最中、疲労によるものなのか椅子から立ち上がった際に立ち眩みを起こした彼女に、無線機の声の主──オーナーは声を掛けた。

 

 

『大丈夫ですか? 体調が悪そうですが……。よろしければこちらをどうぞ』

 

 

 その声に視線を向ければ、テーブルの上には何時の間にかこの白いケースが置かれていた。

 「これは?」と問う彼女に、無線機は『体調を良くする薬です』と答えた。

 

 薬など初対面の相手に渡す物では無いと訝しんだが、サンクタの女性がそれを察して『申し訳ございません。オーナーに悪気はありませんのでお許しを』と謝罪したことで、彼女も言葉を飲み込んだ。

 

 

「普段なら捨てるところですが……」

 

 

 『捨ててしまって大丈夫ですが、効果は私が保証します』と、あのサンクタは続けていた。

 ラテラーノの役人として場にいる以上、下手な嘘は吐いていないだろうとゲルトルーデ伯爵は考える。

 

 少しの逡巡の後、彼女は薬を口に含み、水と共にそれを飲み込んだ。

 

 

(効果があれば得、無くても特に問題はありませんわ)

 

 

 自身が患っている不眠症との付き合いは長い。

 もちろん多くの医者から処方された薬も試し切っている。その上で治っていないのだ。

 

 こんな薬程度で治るとは到底思えないが、このケースを見る度に試すかどうか悩む時間が勿体無いと、彼女は判断した。

 

 

「………………?」

 

 

 感じる違和感。

 そしてゲルトルーデ伯爵は、直ぐに驚くこととなった。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 このアフターグロー区に来て4日目。

 

 漸く領主への挨拶も済んだ。

 これで心置きなく観光の予定を入れられる。

 

 

「何時呼ばれるか分からなかったから、予約とかは出来なかったもんな……」

 

 

 ゲーム画面では、リーヴァやビガロが労いの言葉を発している。

 レミュアンはどこか疲れた顔で、フロストリーフと話していた。

 

 

『ねえフロストリーフ? オーナーが勝手なことをするのはいつものこと?』

 

『……まあそうだな。こればっかりは慣れてくれ』

 

『……一つだけだったし、大事にはならないことを祈りましょう』

 

 

 会話内容から察するに、薬を渡したことが不味かったようだ。

 領主──ゲルトルーデ伯爵だったか? ──のステータスに『不眠症』って付いてたから、丁度良いと思ったんだけど……。

 

 でもまあよくよく考えたら、初対面で目上の人に薬を渡すのは怪しいと思う。

 彼女が咄嗟にフォローをしてくれなければ、不信感を持たれていたに違いない。

 

 

「レミュアンにはちゃんと感謝しないと」

 

 

 どうやって感謝を示そうか考えていたところ、通りを歩く一同の先に、喫茶店の看板が見えた。

 

 おー、ちゃんと店にも入れるみたいだ。このゲーム、どこまで作りこまれているんだろう? 

 

 

「えーと『あの喫茶店で休憩しましょう。レミュアン、先程はありがとうございました。好きなスイーツを頼んで下さい』っと」

 

 

 『……じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ』と返す彼女の表情は、少し険が取れていた。

 

 サンクタは甘い物が好き。モスティマが何時だか言っていた言葉だ。覚えていて良かった。

 

 そうやって喫茶店へと一同が入っていく。

 落ち着いた雰囲気の店内で、お洒落な音楽が鳴っていた。

 

 昼下がりになってから大分時間が経っているせいか、客の数は少ない。

 

 ……壁際に、燕尾服を着て難しい表情をしている男性が見えた。身に着けている装飾品も安く無さそうだし、鹿のような大きな角も相まって威圧感を醸し出している。

 

 よし、なるべく彼から離れたところに座ろうか。トラブルは避けた方が良い。

 

 席に座り、皆が注文をする。

 各自が飲み物とスイーツを頼む中で、レミュアンだけが三つほど多く注文していた。

 うーん、遠慮が無い。でもこれで感謝の気持ちが示せるのなら安いものだろう。必要経費と割り切ろうか。

 

 

『それで、まずはどうする? 私としてはコンサートは一度聴いておきたいが……』

 

 

 注文が届くまでの間に、彼女達が予定を立てていく。

 コンサートについては他の三名からも賛同の声が上がった。

 

 それにしても音楽か……。詳しくないからよく分からない。

 しかもオーケストラとかが演奏する本格的な奴だろうから尚更だ。俺は歌の方が良い。

 

 

『ところでオーナーは音楽は嗜まないのかしら?』

 

 

 そんなことを考えていたら、レミュアンからタイミングの良い質問が来た。

 見栄を張る訳じゃないけど、『全然聴きません』と返すのは憚られたので『あまり聴きません』と返しておく。

 

 それが失敗だった。

 

 

『へぇ、例えば何て曲を聴くんだ?』

 

 

 フロストリーフが驚いたように聞いてくる。

 ビガロとリーヴァも、こちらの返答を期待しているように見えた。

 

 油断した。変換で『少々嗜む程度です』とかになったのかもしれない。

 

 

「しかも三つか」

 

 

 画面には入力ボックスが三つ現れていた。

 曲名を入れれば良いんだろうけど、オーケストラが演奏するような曲を三つは厳しい。

 

 いや、音とリズムは思い出せるんだけど、曲の正式名称が分からないのだ。運動会で流れてた曲、とかっていう覚え方をしてしまっている。

 

 スマホは……しまった、近くに無いな。ゲーム起動したまま、パソコンの方で調べるか。

 

 適当な語句で検索をかけ、そうそうこんなタイトルだった、と思いながらボックスに入力をしていく。

 エンターキーを押して確定すると、画面からボックスは消えた。

 

 

 『知らない曲名だ』と返ってくると俺は思っていた。

 

 

 でもそんな俺の予想に反して、音楽が鳴り始める。

 俺が入力した、三つの曲の内の一つだった。

 

 

「著作権とかって……」

 

 

 いや、無料ゲームだからいいのか? 

 それにしてもこの曲、聴くのは久し振りだな……。

 

 数分かけて音楽が流れた後、次の曲が始まる。

 これは三つとも音楽が流れるに違いないと思った俺は、今のうちにトイレにでも行っておこうと考えて席を立った。

 

 

 戻って来た時、画面では四人を中心に人だかりが出来ていた。

 

 

 音楽が鳴り止むと同時に、大きな拍手が起こった。

 そして喫茶店に入った時に見た大きな角を持った男性が、人だかりから一歩を踏み出して来る。

 

 

『すみません、今の曲について少々お聞きしたいことがあるのですが……』

 

 

 





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