箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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ツーアウト/45日目

 

 

 声を掛けてきた男性は、ウィリアム・フィヒター・ツェルニーと名乗った。

 

 その名を聞いて、音楽に興味の有るフロストリーフが反応していた。

 曰くリターニアでとても有名な音楽家らしく、『夕べの夜明け』という代表作に至っては、『鉱石病感染者である』というレッテルすら覆して世間に認められたものらしい。

 

 そのフロストリーフの言葉に、周りの人達が次々に補足を入れていく。

 

 元々工業が主流だったアフターグロー区を、音楽で有名にしたのはツェルニーさん。

 アフターグロー区で流れる音楽のほとんどは、ツェルニーさんが作曲したもの。

 ヴィセハイムの領主が直々にパトロンとして就いているのは、ツェルニーさんだけ。

 

 次々に放たれる説明の数々を、ツェルニー本人の大きな咳払いが止めた。

 

 説明ではあったが、その多くは彼を褒め称えるものだった。

 だというのに彼の表情には喜びの色は無く、その目には好奇心だけが宿っている。

 

 

『──皆さん、注文は一番高いセットでよろしいですか?』

 

 

 喫茶店の店長の言葉に、集まっていた人達の多くが外へと出ていく。

 

 

『全く……せめてコーヒーくらいは頼んでくれればいいものを……』

 

『……騒ぎを起こしてしまったようだな。申し訳ない』

 

『いえ、こちらこそ素晴らしい音楽を聴かせて頂いて感謝したいくらいですよ』

 

 

 フロストリーフの謝罪を軽く流し、店長は店の奥へと戻っていく。

 残されたのは疲れた顔をしたレミュアン。溜息を吐くフロストリーフ。ニコニコと笑うリーヴァとビガロ。

 

 

「このツェルニーって人、自分の席に戻ろうとしないな……」

 

 

 そして四人のテーブルの横で、無言で佇むツェルニー。

 音楽家には頑固者が多い、とはテレビか何かで見た情報だったか。

 

 恐らく会話に付き合わなければ、ずっと離れないだろうという確信があった。

 

 仕方ない。

 画面に表示されている『とりあえず座ってください』という選択肢を選ぶとしよう。

 この状況でもう一つの『スイーツがまだですね』を選ぶほど俺の肝は太くないのだ。

 

 そして隣のテーブルの席に座るや否や、彼は再び口を開いた。

 

 

『……改めて、先程の曲について聞きたいことがあります。どなたに聞けばよいでしょうか?』

 

 

 その言葉に、四人の視線はテーブルの上に置かれた無線機へと注がれる。

 まあそうですよね。今の音楽を知ってるの、俺だけですもんね。

 

 だが幸いなことに、画面に現れたのは入力ボックスではなく、選択肢の方だった。

 どうやらゲームシステムの方で受け答えをしてくれるらしい。ありがたい。

 

 多分無線機の相手が誰であるかなど気にしていないツェルニーは、曲名や作曲者、使用された楽器や曲に込められた意味、果てには作曲者の生い立ちまで聞いてきた。

 

 それに対して俺は提示された選択肢から、明言を避けてぼかすようなものを選んでいく。

 『詳しくは私も知りませんが──』『──と聞いています』などといったものだ。

 

 それにしてもこのゲーム、そういった情報まで内蔵しているらしい。

 有名な人達の曲を選んだけど、そうじゃない人達の曲を選んでも、ちゃんと対応してくれていたのだろうか? 気になるところだが、もう試す機会も無さそうだ。

 

 

「──やっと落ち着いたか……」

 

 

 選択肢を選ぶこと十数回。

 何時の間にか外は夕暮れになっており、四人のテーブルの上には追加で注文されたスイーツの皿が増えていた。

 ……レミュアン? 君さ、六皿くらい食べてない? 

 

 

『──お時間を頂きありがとうございます。とても良いインスピレーションを得ることが出来ました。お礼と言っては何ですが、ここの支払いは私が持ちましょう』

 

 

 本当? 質問に答えた甲斐があったな。

 実を言えばお金はそれほど多く持っていないから、とても助かる。

 レミュアンはそれを聞いて二品ほど追加注文をしていた。顔に似合わず大胆な人だ。モスティマも一癖あるし、ラテラーノの人って皆こんな感じなのだろうか? 

 

 

『あとは、そうですね……。皆さんさえ良ければ、明後日の演奏会に招待致しましょう』

 

『……良いのか?』

 

『ええ、構いません。招待枠は余っていますので……』

 

 

 フロストリーフの耳がピクリと動いた。どうやら興味があるらしい。

 画面ではリーヴァとビガロも、目を輝かせていた。

 

 

「断る理由が無いな。お願いしよう」

 

 

『ぜひお願いします』の選択肢を選ぶと、ツェルニーは懐から綺麗に装飾されたチケットを取り出し、四人のテーブルへと置いた。

 

 そして俺達の分の支払いを済ませると、こちらに小さくお辞儀をして、店から出ていこうとする。

 

 

 ──画面に、選択肢が現われた

 

 

「え、何でこのタイミング?」

 

 

 『塵界の音について聞く』

 『塵界の音について聞かない』

 

 会話選択肢じゃなくて、行動の選択肢だ。

 

 クライデのステータスにある『塵界の音』についてだけど、ここが聞く場面なのか? 

 いやでもツェルニーは音楽家らしいし、『音』って入っているくらいだから、もしかして何か知っているのかもしれない。

 

 そう考えて聞く方を選択すると、呼び止められたかのようにツェルニーはこちらを向いた。

 そして顎に手を当てて、少しの間ツェルニーは無言となる。

 

 

『──いえ、聞いたことがありませんね。思い当たるものもありません』

 

 

 無いのか。

 じゃあ何で選択肢が出たんだよ……。

 

 





「……ビガロさん」

「リーヴァ、どうしました?」

「さっきのノア様の質問、店長さんが反応してましたね」

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