箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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平穏/45日目

 

 

 フロストリーフ達がアフターグロー区の喫茶店にて、ちょっとした騒動を起こした夜。

 移動都市『ヴィセハイム』の近くで待機状態となっていた『ノア』の上部では、住民達が集まっていた。

 

 普段ならば各々が家に戻り、それぞれが自身の時間を過ごすような時刻。

 中心の祠を囲むように住民達は地面に腰を下ろし、流れる音楽とその旋律に聴き入っている。

 

 

「拙僧は音楽に詳しい訳ではないが、流石にこれは……」

 

「その感覚は合ってるわよ、サガ。滅多にないレベルの演奏だわ」

 

 

 モスティマはいつものごとくフィアメッタを怒らせ、ケオベは自由奔放故にフィアメッタを困らせる。

 そんな中でしっかり者であるサガと、フィアメッタが打ち解けたのは自然なことだった。

 

 一部の住民が家から持ち出したランプの灯りと、空に瞬く星の光だけが頼りになる闇の中。

 住民達の輪の外側で佇むフィアメッタは、肩の力を抜くように小さく息を吐いた。

 

 

「私はもちろん初めて聴くけど……サガ、あなたは?」

 

「拙僧も初めてでござる。いやはや、オーナー殿もノア殿も教えてくれれば良いものを……」

 

 

 暗くてよく見えないが、隣に立つサガの顔には怒りなどといった感情は無いように見えた。

 それを、フィアメッタは不思議に思う。

 

 

「身近な人が隠し事をしてたら、嫌に感じたりしないの?」

 

「はっはっはっ、これしきのこと、隠し事というほどでもありませぬ」

 

 

 それに、とサガは言葉を続けた。

 

 

「身近だからこそ、わざと知らせぬこともありましょう」

 

「……そうね、そうかもしれないわね」

 

 

『あの日の出来事』が、フィアメッタの脳裏を一瞬だけよぎった。

 

 昏睡状態から意識を回復し、足も治ったレミュアンが居る。

 見た目は変われど、あの頃の明るさを取り戻しつつあるモスティマも居る。

 

 アイツだけが、居ない。

 

 

(馬鹿馬鹿しい。どんな理由があろうと関係ない)

 

 

 サンクタの光輪──共感能力を持たない、ただのリーベリである彼女は、相手の気持ちや感情を推し量ることしか出来ない。

 

 考えても考えても納得も理解も出来なかったが、それでもれっきとした理由があったのではないか? 

 

 ほんの少しだけそう考えてしまった自分を、フィアメッタは恥じた。

 

 

(……調子が狂うわ)

 

 

 きっとこの素晴らしい音楽に絆されかけたのだ。

 フィアメッタはそう考えて、余計なことを遮断するかの如くその目を伏せた。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「──想像以上だね」

 

 

 フィアメッタ達と反対側の、住民達の集まりの外。

 祠の方を向いて座り、音楽に合わせてゆらゆらと体を揺らすケオベの後姿を見下ろしながら、モスティマはそう呟いた。

 

 突如ノア、あるいはオーナーが始め出した音楽の鑑賞会。

 

 事の始まりは、レミュアンから無線で聞いた報告だった。

 曰く『オーナーが店の中で音楽を流して大変だった』とのこと。

 

 面白そうだったので深く聞いてみれば、リターニアの人間が全く知らない曲で、なおかつ名曲と呼ばれているそれらと遜色のない代物だったらしい。

 好奇心を刺激されたモスティマは、冗談のつもりで「私も聴いてみたい」と言ったのだが、言葉を向けられた『ノア』の祠からの返答は、言葉ではなく音楽だった。

 

 冗談のつもりだったのに実行されてしまったこと。

 流れる音楽がレミュアンの報告通り素晴らしいものだったこと。

 

 それにモスティマが驚いている内に住民がその音楽を耳にし、あれよあれよと言う間にこの状況に至った訳である。

 

 

(ここに居ると本当に飽きないな……)

 

 

 生まれ育ったラテラーノだけではない。

 トランスポーターとして各地を回ったが、そのどれにも当てはまらない空気や雰囲気が、ここにはあった。

 

 

(あの感覚も、もう消えてる)

 

 

 二、三ヶ月前、モスティマがラテラーノからの命令で『ノア』を探していた時、彼女は不意に不思議な感覚に襲われた。

 日常のふとした瞬間、気を抜いた時、呪文のように脳裏に言葉が現れては消えたのだ。

 

 『ノアに行きたい』

 

 まるで自身の願望かのようなそれを、モスティマは精神に干渉するタイプのアーツかもしれないと疑った。

 だが実際問題としてどうすることも出来ず、自身の勘も強い警鐘を鳴らしてはいなかったので、しばらくの間──ノアに再び出会うまで、その感覚と付き合うことになったのである。

 

 実害が無かった訳ではない。

 感覚に導かれるままにウルサスの国境を越えそうになった時もあったが、レミュアンとフィアメッタに強く止められたおかげで踏み止まることが出来た。

 

 今考えると恐ろしい限りだが、あの感覚は自身から既に消え去っているため、改めて確かめることも出来ない。

 一番怪しいノアやオーナーに聞くことも考えたが、結果として大事に至っていないので良し、とモスティマはもう割り切っていた。

 

 

「……やれやれ、面倒事はしばらくお腹一杯なんだけど」

 

「モスティマも気付いた?」

 

 

 モスティマの思考が、立ち上がって振り向いたケオベによって断ち切られる。

 暗闇の中で、住民の誰かが『ノア』の端に向かっていく気配を、二人は感じ取った。

 

 

「多分だけど、外にも居る。どうする?」

 

「へぇ、そっちは気付かなかった。凄いね、ケオベ」

 

「えへへ。おいら、凄い?」

 

 

「凄い凄い」と言いつつケオベの頭を撫でてやりながら、モスティマはケオベと共に移動を開始する。

 本来ラテラーノからの使者であるモスティマがするべきことではないが、演奏のお代としては丁度良いと彼女は考えた。

 

 

「──オーナー、指示を貰えるかな?」

 

 

 音楽に聴き入る住民達に気付かれないよう注意しながら、モスティマは無線機の電源を入れた。

 

 

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