箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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不穏/45日目

 

 

 リターニアには『巫王派の残党』が潜んでおり、再び力を持つ機会を待ち続けている。

 ではその組織は野放しにされているかと問われれば、答えは否となる。

 

 リターニアの各地で秘密裏に活動をする密偵に加え、高い戦力を携えた『女帝の声』と呼ばれる者達が、常に目を光らせているからだ。

 

 『ノア』に保護されたクライデ──その保護者である老人も、かつてはその密偵であった。

 

 実験によってその身に『塵界の音』を宿し、不完全故に価値を見出されず、死の道しか残されていなかった彼を老人は引き取り、共に放浪の旅へ出た。

 

 幼い身でありながら死に向かう命を哀れに思ったのか、それとも他に理由があったのか。それは老人にしか分からない。

 

 二人は長い時間を共に生きた。

 『塵界の音』にその身を蝕まれるのみならず、他者へと無意識に悪影響を及ぼすクライデに、安住の地も友も出来はしなかった。

 とある人物との出会いによって身に着けたチェロの演奏さえも許されない、生きるためだけの苦しい日々。

 

 唯一の拠り所は互いの存在。家族という形。

 血の繋がりは無くとも、老人はクライデを本当の孫のように感じていた。

 

 そのクライデが笑顔で人と話し、大人達から仕事を学び、子供達と楽しそうに遊んでいる。

 

 空腹を紛らわす程度の僅かな食事ではない。雨風に身を晒し震えて朝を待つような寝床でもない。

 

 もう送ることは無いと思っていた、暖かな日々。

 

 だからこそ。

 だからこそ老人は。

 

 この『ノア』に希望を感じていたのだ。

 

 

「………………」

 

 

 『ノア』の上部、その端。

 投げ入れられた書簡を読んだ老人は、目を伏せて力無く息を吐いた。

 

 利用価値が無いとされたとしても、クライデの身には『巫王の力』が存在している。

 処分を免れ、その優先順位すら低いと言えども、監視の目が無くなった訳では無い。

 

 元密偵である老人には、定期的な報告の義務があった。

 

 

 クライデだけでも『ノア』への移住を。

 

 

 その願いが届かなかったことが、その書簡には記されていた。

 

 たとえそれが陛下自身の言葉ではなく『女帝の声』のものだったとしても、老人に裏切るという選択肢は無い。

 

 クライデを説得し、共に『ノア』を降りる選択肢しか──無い。

 

 

『 私ハ貴方トノ対話ヲ求メマス 』

 

 

 自身を追ってきた者達の気配には気付いていたが、彼には振り向く気力が無かった。

 

 星が瞬く夜の中、『夜想曲』だけが辺りを包んでいる。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

『 フロストリーフ、リーヴァ 』

 

『 会話ヲ希望シマス 』

 

 

 喫茶店での騒動を経てホテルの部屋に戻ってきていたフロストリーフとリーヴァは、部屋に響いたその声に反応を示す。

 リーヴァは荷物から声の発生源である無線機を取り出してテーブルに置き、離れた場所に居たフロストリーフもその近くへと身を寄せた。

 

 

「ノア様、何なりとお申し付けください」

 

「……何か問題が起きたのか?」

 

 

 オーナーが話しかけてくることは珍しくないが、ノアが自ら話しかけてくることは滅多に無い。

 どんな場合でも自身が取るべき態度に関係は無いと考えているリーヴァに対し、フロストリーフは鋭い視線を無線機へと向ける。

 

 

『 確認トオ願イガアリマス 』

 

『 リーヴァ、喫茶店デ店長カラ気配ヲ感ジマシタネ? 所感ヲ 』

 

 

 報告をする前からノア様は気付いていた。

 そのことに内心で驚きながらも、リーヴァは平静を装って口を開く。

 

 

「はい。『塵界の音』という言葉に驚いていました。私達が店を出る際には、強い疑いの目を向けられていたように感じます。何か知っていることは間違いないかと」

 

 

 幼さがまだまだ残っている外見とは裏腹なその態度に、フロストリーフは驚いた。

 

 

(感受性が豊かで大人びているとは聞いてたが……こんなにか)

 

 

 ノアやオーナーが絡むと人が変わったようになる住民を何人か知っているが、リーヴァもその類だとフロストリーフは認識する。

 

 

「必要ならもう一度接触するが……」

 

『 フロストリーフ、ソノ必要ハアリマセン 』

 

 

 少しの沈黙の後、ノアの声が再び響く。

 

 

『 塵界ノ音ニツイテハ、コチラデ対処ノ目途ガツキマシタ 』

 

『 恐ラク明日以降、貴女達ニハ監視ガツクデショウ 』

 

『 何モセズ、気付カナイフリヲシテ下サイ 』

 

 

 「かしこまりました」と返すリーヴァを他所に、フロストリーフは質問を投げかけた。

 

 

「行動は今まで通りか?」

 

『 ハイ 観光ヲ楽シンデ下サイ 』

 

「レミュアンとビガロには?」

 

『 同ジヨウニ伝エテ下サイ 』

 

「相手から接触して来た時は?」

 

『 ソノ際ハ指示ヲ出シマス 』

 

 

 

「──オーナーは知ってるんだよな?」

 

『 オーナーカラ任サレマシタ 』

 

 

 

 「……それならいい」と、フロストリーフは呟く。

 会話が終わったことを確認し、リーヴァは無線機を仕舞った。

 

 

「──さて、お風呂にしましょうか。フロストリーフさんっ」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「カップラーメンと冷凍食品……甘い物も買っておくか」

 

 

 夜のコンビニにて、連休用の食品を次々にカゴに入れていく。

 

 モスティマから「音楽を聴きたい」と言われ、『この場に相応しい曲を流し、その間自動処理を行いますか?』というポップアップに従った時は、失敗したと正直思った。

 恐らく演奏時間を表すタイマーが画面に現れ、その時間は一時間以上を示していたからだ。

 

 最初はどこかで耳にしたことがあるような音楽を聴いて待ってたけど、生成や情報テキストの確認も出来ないし、次第に飽きが来てしまった。

 途中で、実家に帰る予定だったから食べ物が全然無いことに気付いて、ゲームをそのままにコンビニに行くという選択をすることが出来たけど、毎回こんなに時間がかかるのなら音楽の再生はちょっと気を付けなければならない。

 

 調べたところオーケストラの演奏の中には、二時間以上になるものもあるらしいし……。

 

 

「えーと時間は……よし、帰ったら丁度くらいだな」

 

 

 夜も遅いし、続きは明日にしてもいいかもしれない。

 

 そう考えながら、俺は家路へとついた。

 

 

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