箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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リターニア④/46日目

 

 

「やっぱり住人が移住することもあるんだなー」

 

 

 昨日の夜、コンビニから帰ってきた俺は演奏が終わっていることを確認し、キリが良いと思ってそのまま一旦ゲームを終わらせた。

 

 そして今日。

 どこまで進められるかなー、と思いながらゲームを起動したところ、俺と同じように朝を迎えた『ノア』の祠の前で、クライデが待っていたのだ。

 

 どこか残念そうで、どこか申し訳無さそうな表情をした彼の話を聞いてみると、彼とその保護者であるお爺さんは『ノア』を出ていくということが分かった。

 

 クライデはともかく、お爺さんはこのリターニアの地を離れられない事情があるらしく、家族である自分も残るとのこと。

 クライデ本人も詳しい事情は教えて貰えず、ひたすらに謝罪されたと話していたので、これ以上踏み込むならばお爺さんの方に聞く必要があるだろう。

 

 ん-、どんな事情なんだろう? 保護した時は難民だったことも踏まえると、相当な理由があるのかもしれない。下手に聞かない方がいいだろうか? 

 

 『親切にして頂いたのに、何も返せず申し訳ありません』と話す彼には、「謝る必要はありません。お二人の選択を尊重します」と返しておいた。

 リターニアを離れられない、ということならば今すぐ出ていく必要も無いだろう。『ノア』がヴィセハイムを離れるまでは変わらずここで過ごすよう提案すると、彼はとても喜んでいた。

 

 毎朝元気に挨拶してくれたりと、正直滅茶苦茶良い子だったから普通に悲しい。

 でも理由が『住み辛い』とかじゃなくて良かった。もしそうならビガロに治めてもらった懸念がまた湧き出すところだった。

 

 

「気を取り直して今日は何から──」

 

 

 そこで俺の言葉は止まる。

 ゲーム画面には『フロストリーフ達から要請が来ています』という文字のポップアップが出ていた。

 

 クリックすると『ノア』を映していたゲーム画面は素早くスライドし、フロストリーフ達が宿泊しているホテルのロビーへと切り替わった。

 四人が固まっている壁際から少し離れたところで、身なりの整った人物がフロストリーフ達を見つめている。

 

 フロストリーフをクリックすると、テキストが次々に現れた。

 

 

「えーと……あの人はゲルトルーデ伯爵の使いで、昨日あげた薬について話がしたいから俺達を呼びに来た、ってことでいいのか?」

 

 

 聞けば、なるべく早く来て欲しいとのこと。

 レミュアンも『領主からの実質的な命令だから、今すぐ伺った方が良いわ』と言っていたので、本日の最初のイベントはこれで決まりのようだ。

 

 ──そう考えたところだったのに。

 

 

『──皆さん、おはようございます。昨日は素晴らしい音楽をありがとうございました。……今、お時間はありますか?』

 

 

 ホテルに颯爽と入って来た立派な鹿角を持った男性──ツェルニーが、辺りを見回しフロストリーフ達を見つけるや否や、一直線に向かって来る。

 ゲルトルーデ伯爵の使いの方も慌てて頭を下げていたが、ツェルニーは殆ど見向きもしなかった。

 

 

「そしてこっちも俺達に用事があるのか……」

 

 

 待たせている使いの方を無視するのはどうかと思ったが、こういうことに慣れているのか気にして無さそうな様子だったので、ツェルニーの話を先に聞くことにする。

 

 昨日の音楽について、改めての感想から始まり、それがあまりに長く続くのでそれだけのためにホテルまで来たのかと疑っていたところ、途中でようやく思い出したのか、彼は咳払いを一つしてから本題に入った。

 

 昨日約束した明日の演奏会だが、どうやらそれに参加するためのドレスコードがあるらしい。

 通常枠ならば問題無いのだが、今回はツェルニーの招待枠での参加であるため、ちゃんとした服装が必要とのこと。

 

 

「……四人分のお金あるかな?」

 

 

 財布を心配する俺を他所に、ツェルニーは『もし持っていないようであればこちらで用意します』と言って、店の名前と共に彼自身の名刺を渡してくれた。

 既に話は通しているので、これを持って店に行くだけでいいらしい。気遣いの出来る良い人だ……! 

 

 彼に感謝の言葉を述べると、彼は軽く一礼をしてから踵を返してホテルの入口へと歩いて行く。

 その途中で、伯爵の使いに呼び止められた彼は、露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

『ミスター・ツェルニー、先日の件ですが……』

 

『……ゲルトルーデさんにはお伝えしたはずです。私は許可しない、と』

 

『ゲルトルーデ様は早急にもう一度話がしたいと仰っています。良ければ彼女達と共に来て頂けませんか?』

 

『もう一度話をしたところで──。……彼女達と共に?』

 

『ええ、彼女達は──』

 

 

 そこから何度かのやり取りが、二人の間で交わされる。

 テキストは出てこなかったが、『私の音楽だけでなく、あの音楽達まで道具にするつもりですか……!』『ミスター・ツェルニー、何を言って……』という声は、薄っすらと聞こえてきた。

 

 そしてツェルニーが、再びフロストリーフ達の方を向く。

 

 

『私も皆さんとご一緒します。あの素晴らしい音楽達を、彼女の好きなようにはさせません』

 

 

 うん、何か勘違いしてると思う。

 誤解から生まれるものにろくなものは無いんだし、ちゃんと解いてあげないと……。

 

 思い込みは良くないからね。

 

 

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