『何もしない』という行為は、時として功を奏することがある
例えば料理における発酵のように、最初の一手間さえ加えれば後は自動的に事が進むということが、現実では往々にして存在する。
オーナーによるツェルニーへの『塵界の音』に関する質問は、喫茶店の店長──女帝に仕える密偵に聞かれ、その警戒を呼び起こすこととなった。
クライデに対する治療は、完治とはいかなくともその症状や影響を随分と軽減し、本人はともかく周囲への影響については無に等しいものとした。
ゲルトルーデ伯爵はオーナーからの要求を呑んだことで、『塵界の音』の研究のために探していた保有者の一人──クライデを偶然にも見つけた。
しかし『ノア』の一行は、その後に未知の音楽を披露することはあれど、怪しい動きを見せることは無かった。
アフターグロー区を観光し、演奏会にて音楽を堪能し、商店で物品を購入する。
その合間で何度かツェルニーとゲルトルーデ伯爵に呼び出されることはあったが、両者共に音楽の話をするばかりであった。
『塵界の音』という名称を発しただけでは、ラテラーノの使者と共に居る者達を即座に裁くことは出来ない。
偶然かどうか定かではないが、『ノア』に保護されていた保有者達についても、あっさりと手放している。
警戒するには十分で、報告するには些か不十分。
密偵と『女帝の声』達は、その証拠が集まるまで厳重な監視体制を敷いた。
──結果として『ノア』がヴィセハイムを離れるまでその証拠が見付かることはなく、『女帝への報告が遅れることとなった』。
クライデと保護者の老人は、オーナーからの口添えもあったためか厚待遇で受け入れられることとなった。
だがその真相はそれだけではなく、クライデがゲルトルーデ伯爵が探していた『塵界の音』の保有者であったことが大きい。
これ幸いとばかりに利用する方向へ走ろうとしなかったのは、父が遺した『塵界の音』に関する研究資料の記述と違い、クライデが安定していたためだ。
今はまず居場所の把握と詳細な観察が必要だと結論付け、ゲルトルーデ伯爵は利用ではなく保護へと舵を切った。
──『ノア』の一行を監視すると同時に、交流が複数回あった伯爵の動向も監視していた密偵達は、『ゲルトルーデ伯爵は保有者を保護した』と報告することになった。
これによって事態は動くが、全ては『ノア』がリターニアを去った後となる。
双子の女帝の片割れ──グリムマハトは、巫王が遺した『塵界の音』に、手を加えることが出来たという事実に興味を持つ。
双子の女帝の片割れ──イーヴェグナーデは、密偵達により録音されていた、『ノア』が保有する未知の音楽に興味を持つ。
そして命令により、多くの部下達が『ノア』へ接触するためにラテラーノへと向かうこととなる。
最善手では無かったかもしれないが、致命的な失敗や間違い、取り返しのつかない事態は起きていない。
ただ一人を除いて。
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現在の時刻は夜。
ゲーム画面では晴天の日差しの中、『ノア』が移動を続けている。
長時間ゲームをしていた俺が久し振りに背を伸ばすと、背中から小気味良い音が鳴った。
「それにしても、ウルサスと違って平和だったな」
コンサートの鑑賞や、ツェルニーとゲルトルーデからの呼び出しなどはあったけれど、戦闘も無く心穏やかに過ごすことが出来たと思う。
もっとイベントがあると思っていたから少し拍子抜けだったが、『ヴィセハイム』はリターニアでは小さい方の移動都市らしいので、ゲームでいうところのサブクエスト的な立ち位置だったのかもしれない。
機会があれば首都っぽいところも行ってみたいな。……音楽の演奏はしばらく遠慮したいけど。
「音楽といえば……」
ラテラーノに向けて移動している間は、一部の操作が制限される。
こういった移動時間でアイテムやレシピの詳細を確認することが多い俺は、リターニアで得た物品の数々を確認し始めた。
『ヴィセハイム』を離れる際にツェルニーとゲルトルーデから貰ったレコードや再生機器などの音楽類、その中の一つ──『クライデからの贈り物』の詳細を開く。
『クライデからお礼として受け取った旋律。精神を落ち着かせ、アーツに対する適合率とアーツの威力を微増させる。現在は使用不可』
初めて見た時は装備品みたいに出来ると思ったのだが、説明を見たところ使用不可となっていた。
残念な気持ちは少しあるが、所謂思い出の品みたいなものだし、クリックするたびに穏やかなメロディーが流れるので、これはこれで良しとしよう。
クライデ達が『ノア』を去ったのは悲しいが、シャイニングが新しいネームドを二人も連れて来てくれたし、そちらが楽しみなのもまた事実だ。
簡単な挨拶だけは最初に会った時に交わしたけれど、すぐに移動が始まったから詳しいことは何も聞けていない。リターニア領を出たらどこかで停止して、資源採取と一緒にちゃんと話をしたいものだ。
「そしてこれ! 楽しみだ……!」
ゲーム画面の左上に表示されている、『拠点設備の更新』という文字。
移動を始めてから気付き、クリックしても『移動中のため実行出来ません』というポップアップしか出なかったが、停止したら即座に実行予定だ。
おそらくだけどリターニアを観光したことで、更新が可能になったのだろう。
住居や施設がどう変わるか、とても楽しみで仕方が無い。
「今日は更新したら終わって、ラテラーノは明日だな」
移動の方はもう少しかかりそうだ。
遅くなったけど夜ご飯にしよう。
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『ノアの上部及び内部の建築物・施設・装置などについて、最適化及び増産を自動で行いますか?』
『了承を確認しました』
『住居を更新します』
『監視塔を更新します』
『防衛施設を更新します』
『障壁を更新します』
『高台を更新します』
『栽培ポットを更新します』
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『祭壇を更新します』
≪Tips≫
『詳細』
ネームド: ケオベ 130%
モスティマ 65%(-10%)
サガ 99%
フロストリーフ 155%
シャイニング 120%
フィアメッタ 50%
レミュアン 70%
ニアール 40%
リズ 40%
≪『共感』の学習は完了しました≫
≪『祭壇』の更新を完了しました≫
≪準備が完了しました≫
≪要望を満たしていません≫
≪実行は不可能です≫
≪確認と再定義を開始します≫