「……おはようございます、オーナー」
『おはようございます。シャイニング、今日も一日よろしくお願いします』
「はい、こちらこそ……」
つい最近、『ノア』による大規模な改修が行われた診療所。
大幅に変えられた外装に内装、薬品や道具の位置なども変えられてしまい、未だそれらに慣れないながらも、シャイニングはいつものごとく机の上に置かれた無線機へと挨拶をする。
返ってくる声は、『オーナー』の時もあれば『ノア』の時もある。
今回は前者であり、シャイニングは淡く微笑んだ。
「──驚いた。そんな表情をするんだな」
「……私も、初めて見ました」
その様子を、机の向かいでソファに座っていた二人──ニアールとリズは見ていた。
彼女達が『リターニア』から『ノア』へと、シャイニングに連れられて来て早数日。
朝、無線機に対して挨拶をするのは何度も見ていたが、返ってくるのは『ノア』の声ばかりで、『オーナー』の声で返ってくるのを二人が聞くのは、今回が初めてだった。
『ノア』の時とは明らかに違うシャイニングの様子に彼女達は驚いたが、その表情はどこか嬉しそうであった。
「リターニアで説明を受けた時から感じていたが……なるほど、そういうことか」
「不思議です。シャイニングさんの事なのに、まるで自分の事のように嬉しく思います」
友人二人からの暖かな視線に、シャイニングは顔を伏せて視線を外した。
その表情には困惑や戸惑い、そして若干の羞恥が浮かんでいる。
「お二人とも、揶揄うのは止めて下さい。これは……きっと、違います」
そもそも揶揄うような意図は二人とも持ち合わせてはいない。
具体的なことは何も言っていないのにシャイニングが一体何を考えたのか、突き詰めることは容易ではあったが、その反応を見て二人は追及を止めた。
親しき仲にも礼儀あり。今はただ、友人を見守ろう。
そう考えて「ああ、分かった」「はい、分かりました」と返すニアールとリズ。
「……ちゃんと、説明させて下さい」
自分の意図が正しく伝わっていない。
二人の様子にそう思ったシャイニングは、その後にいろいろと言葉を続けたが、それらは全て視線の暖かさを増す結果としかならなかった。
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「ずるい」
「……ケオベ、それ何回目だ?」
『ノア』に新たに建造された訓練施設。その訓練の合間の休憩時間。
フロストリーフは疲れたような表情でケオベに反応を返し、ケオベは不満げな顔で「たくさんっ!」と声を上げる。
「ケオベ殿もドレスとやらを着てみたかったのでござるか?」
同じく訓練施設で汗を流していたサガが、聞こえていた内容から推測して声を掛けると、ケオベは否定した。
「違うよ? おいら、服は動ければ何でも良いし」
「ほう、では何故ずるいと?」
「だってフロストリーフ、オーナーとたっくさんお話したんでしょ? おいら、最近は全然オーナーとお話出来てないのに……」
「……私のは仕事の一環だ。遊んでた訳じゃない」
「嘘だ! だってずっとニコニコしてたもん!」
「ぐっ……!」
ケオベの言葉に怯むフロストリーフを見ながら、サガは状況を理解する。
実際のところケオベは常日頃から祠の近くで一日を過ごし、時折言葉を投げ掛けては『オーナー』や『ノア』と言葉を交わしているのだが、それらは彼女の基準だと『お話』に該当していないらしい。
さてどうしたものか、と腕を組んで考えるサガに、ケオベは振り向いた。
「サガだって、ずるいと思うでしょ?」
「拙僧が? …………いえ、思いませぬ」
一瞬。ほんの一瞬。
サガの胸の内に靄のような何かが生まれ、すぐに消えた。
今のは……? と思いながらもサガが言葉を告げると、続いたケオベの台詞に彼女は目を見開くこととなった。
「あと美味しいご飯もたくさん食べたって」
「……フロストリーフ殿?」
「おい、サガ。食べ物でそっちに着くな。ややこしくなる」
気配が一転し、鋭い視線を向けてくる両者を前に、じりじりとフロストリーフは後退する。
そしてその日のフロストリーフの晩ご飯の一部は、二人へと献上されることとなった。
『単一種族でのシミュレーションの失敗を確認』
『複数種族でのシミュレーションを開始します』
『≪病気にならない健康な体と、劣悪な環境でも適応する能力、常識などの基礎知識≫の条件を再検討します』
『≪病気にならない健康な体≫について、いくつかの種族と調整によって対応が可能です』
『≪劣悪な環境でも適応する能力≫について、いくつかの種族と調整によって対応が可能です』
『≪常識などの基礎知識≫については、収集した情報を組み込むことで対応が可能なため、上記二つの内容から種族をシミュレーションします』
『シミュレーションを実行中……』
『シミュレーションを実行中……』
『シミュレーションを実行中……』