宗教国家『イェラグ』。
標高五千メートルを超える『カランド山』を信仰し、国内の統治を行う三大貴族よりも、宗教上のトップである巫女の方が発言力が強いなど、宗教の権力が非常に大きい国家である。
その中心部から少し外れた郊外で、積もった雪を踏み締めて歩いていた人影が、その動きを止める。
遠くからでもその大きさが分かる山々を眺め、白い息を吐いたその女性は、もう一度進行方向へと向き直り、視界の奥から向かって来る人物に対して小さく手を振った。
ゆっくりと、そしてどこか気品を漂わせて歩みを進める女性に対し、向かって来る人物はどこか苛立っているかのようで、大股なその歩幅は二人の距離を素早く縮めた。
「──少し前に目覚めたぜ。暴れる様子が無かったから放置してきた。……本当に警邏の連中に突き出さなくていいのか?」
「ありがとう、アスベストス。心配してくれるのは嬉しいけど、私に関係がある人かもしれないから……」
「……あたしは心配なんかしてねえよ。今更余計な詮索もしねえが……気を付けろよ」
「ええ、また後でね?」
言葉を交わし、アスベストスと呼ばれた人物は、相手が歩いてきた方向──中心部の方へと進んでいく。
背負った大きなリュックサックと、肩に担がれた重厚なドアが小さくなっていくのを見届けてから、女性は再びアスベストスが歩いてきた方向へと向かう。
彼女自身も気付かなかったが、その歩みの速度は僅かに上がっていた。
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生活に必要最低限な物だけが備えられた、外部から来た労働者用の宿泊施設。
その一室を二人で共有している、二人の内の一人が、深呼吸を一度してから部屋の鍵を開ける。
狭い部屋の中心には、昨日の夜までは存在しなかったもの──布の目隠しと猿轡に加えて手足を縛られた黒髪の男性が、背を丸めて横たわっていた。
扉が開く音に驚いたのか、ビクリと震えるその男に、女性は優しく声を掛ける。
「安心して。今からその目隠しと猿轡を外すわ」
女性が両膝を着いて床にしゃがみ込み、丁寧な手付きで目隠しが外される。
その下から現れた黒曜石のような瞳が、驚きによって見開かれるのを、彼女は見た。
(やっぱり私の関係者なのね……。追手には見えないけど……)
言葉によって発動するアーツもある。
警戒を続けながらも話を聞くために猿轡の方へと作業を移し──そして彼女は驚くこととなった。
「テレジア……?」
呼ばれたそれは、自身の名前。
その声音は記憶よりも若く聞こえたが、間違いないという確信が、彼女の中にはあった。
「──あなたが、オーナー?」
≪Tips≫
ネームド: テレジア 175%
アスベストス 0%
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