箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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イェラグ①/1日目

 

 

(戻ったら、何から話すべきかしら?)

 

 

 街で生活必需品──衣服や食料、暖を取るための道具などを買い揃えたテレジアは、買い忘れが無いかの最終確認をした後、駆け足で帰路を辿った。

 

 時刻はまだ昼前で街へと向かう労働者達が多い中、テレジアだけが反対の方向へと向かう。

 オーナーに伝えた時間には十分に間に合うはずだが、久しく無かった期待と焦燥が彼女を急がせた。

 

 

(いえ、まずは昼食を先に作って、一緒に食事をしてからでも遅く無いはず……)

 

 

 街へと向かう間も。

 買い物をしている間も。

 宿泊施設へ戻っている間も。

 

 テレジアはずっと、思考を続けている。

 

 今朝、部屋の両端でそれぞれ眠っていた彼女とアスベストスは、不審な物音によってほとんど同時に跳び起きた。

 そして二人の間、部屋の中心、音がした方向へと目を向けて、驚きと共にお互いの顔を見合わせた。

 

 簡素な白い布服に身を包んだ見知らぬ男性が、そこに倒れ伏していたからである。

 

 有事の際のために武器をベッドの近くに置いていたアスベストスはそれへと手を伸ばし、一方のテレジアは躊躇いなくその知らない人物の生死の確認を行った。

 脈拍と心臓の鼓動の確認、呼吸の有無を確かめたテレジアは、安心したようにホッと息を吐いて「大丈夫、眠っているだけだわ」とアスベストスに告げ、その行動と言動にアスベストスは呆れたようにため息を吐いた。

 

 どうやって鍵を開け、何時部屋に入って来たのか。

 そして何の目的があって、どうしてここで眠っているのか。

 

 尽きない疑問を抱えつつ、「警邏に突き出せばいい」と言うアスベストスを、拘束だけに留めるよう宥めながら、テレジアはその男が起きるのを待った。

 自身の境遇、状況からあらゆる可能性を考え、最悪を想像して沈む気持ちを、何度か外の空気を吸うことで解消しながら、待った。

 

 そして、現実は彼女の想像を超えた。

 それも、考えられる限り最高の方向で。

 

 突然の状況にオーナーは上の空だったが、それはテレジアも同じようなものだった。

 聞きたいことは山ほどあったが、オーナーの瞳に不安を感じ取ったテレジアは、逸る気持ちを抑えながら慎重に言葉を選んだ。

 

 迷うように何度も「……すみません、分かりません」と答えるオーナーに深く追及はせず、安心感を与えることに終始した彼女は、その会話の中で確信を得ることにも成功している。

 

 初めて『ノア』や『オーナー』と接触した時、時間を見付けては祠を訪ねて言葉を交わしたあの日々、二人だけで無線機越しに話をした星の瞬く夜。

 

 テレジアは、好奇心から何度か探りを入れた。

 一般的な公用語ではなく、自身が知っている各国の言語や、今はもう知る者すら少なくなった古い言語を用いて、会話を行ったのだ。

 

 

 そしてそれに何も引っ掛かること無く『オーナー』は会話を続け、オーナーも全く同じことをした。

 

 更にはその口の動きが、聞こえてくる言葉と異なっていることも、テレジアは気付いている。

 

 

(……でもオーナー自身が、何も気付いていないようにも見えた。無意識に発動するアーツ? それとも……)

 

 

 考えても答えは出ない。だが考えずには居られない。

 

 その終わりのない思考は、目的地に着いた瞬間──止めざるを得なくなった。

 

 

(……足跡?)

 

 

 彼女とアスベストスが利用している山小屋のような宿泊施設は、辺りに数多く存在している。

 何かの拍子に間違うことはあっても、鍵が開けられない以上立ち去ることしか出来はしない。

 

 ──扉から外へと向かう足跡が、二組見えた。

 

 急いで扉に近付き、手を伸ばす。

 鍵が開けられていた扉は、簡単に開いた。

 

 

「──オーナー!」

 

 

 争った形跡も見当たらない、誰も居ない部屋。

 

 まさか今までの出来事が全て夢だったのではないか、という考えが彼女の脳内を横切る。

 

 

 

「彼、少し借りるわね。ちゃんと夕方までには返すから」

 

 

 

 背後からの声にテレジアが振り向く。

 

 しかしそこには、既に何も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 イェラグの街の飲食店。

 主に外部からの観光客によって賑わうその店で、用事を済ませたヤエルは店へと入り直した。

 

 オーナーが待つテーブルへと移動した彼女は、テーブルの上に置かれた料理を見て、彼へと声を掛ける。

 

 

「先に食べても良かったのよ?」

 

「えーと、私は奢って貰っている身なので……。それで、そのー……」

 

「ちゃんと言付けはしてきたから安心して。それに遅くても、夕方までには貴方のことも帰すわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 ヤエルがオーナーの対面に座り、皿の上の料理を器用に小皿へと取り分けていく。

 

 その小皿をオーナーへと渡した彼女は、ニコリと笑った。

 

 

「さて、と。……どこまで話したかしら?」

 

 

 

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