箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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通過点/10日目

 

 

 体調を崩した。

 

 

 具合が悪いという訳ではないが、全身に疲労感と倦怠感があってやる気が出ない。

 

 原因は分かっている。

 ここ数日、街の工場などで日雇いの仕事を連日無休でやっていたせいだ。

 社会人生活でさえ平日五連勤程度なのに、肉体労働を休まず一週間以上は流石に無理があったらしい。

 

 ……いや、もしかしたらこの身体が元の自分の肉体より貧弱である可能性も否めないが。

 ただでさえ最近は運動不足でもあったし、考えても真相は分かりやしない。

 

 

「……久し振りに暇になったな」

 

 

 テレジアさんからは「今日はゆっくり休みなさい」と言われ、有無を言わさずベッドに放り込まれてしまった。

 彼女も既に働きに──針仕事と本人は言っていた──出てしまっているため、この部屋には俺一人しかいない。

 

 薪ストーブから時折聞こえるパチパチという炭の焼ける音。

 忙しくて頭の隅に追いやっていた考え事が、仕事を頑張ることで考えないようにしていた事が、脳裏に浮かびそうになる。

 

 

 落ち着け。何でもいいから考えよう。

 

 

 えーと、薪の予備はあるみたいだから、今日中に足りなくなったりはしないだろう。

 食料は保存食があるから平気だ。朝食を食べ損ねているけど、食欲もあんまり無いから昼食まで我慢してしまおう。

 

 それにしても、賃金が低めな代わりに軽作業等を振ってもらっていたというのに、体調を崩すとは思わなかった。

 ここ数日一緒に働いていた年配者の人達も、今頃軟弱者だと笑っているかもしれないな。

 

 それとヤエルさん。

 大体二日に一度の割合で、仕事終わりの夕方頃に街で出会ってお話することがあったのだが、今日は会うことも出来そうにない。

 

 ……まさかこの宿泊施設にわざわざ来たりもしないだろう。

 良い笑顔をした彼女の顔が思い浮かぶ。何だろう、彼女なら来そうな気もする。

 

 あとはええと、休み過ぎるとノアに戻るための路銀を集める計画が狂ってしまう。早く治して明日にはまた仕事に行かないと。

 

 ……あとは、あとは。

 

 あ、無理だ。

 

 

 

 

 

 ──元の世界って、もう二度と戻れないんじゃないか? 

 

 

 

 

 

 思い出すのはこのゲームの世界に来て二日目のこと。

 初めてこの世界で朝を迎えた時、昨晩多くの事を話し合ったテレジアが起きた俺に気付いて「おはよう」と声を掛けてくれた時。

 

 真っ先に思ったのが、『あ、やっぱりゲームじゃないんだ』というものだった。

 

 初日にいろんなことを経験して夢じゃないかもしれないと思い始めてはいたが、それでもまだ自分でも知らない心のどこかで『寝て起きれば元の世界の自分の部屋』とでも考えていたのだろう。

 心の中に何かがストンと落ちて、ハッキリと現状を理解してしまったのを覚えている。

 

 それから今日まで、彼女達にだけ負担をさせないよう日雇いの仕事を始めたり、しばらく世話になる以上家事や生活方法を学んだり、夜にはテレジアに簡単な文字の読み書きを教えて貰ったりしていた。

 

 忙しくて、覚えなければいけないことが多くて、考えないようにしていたことが、時間が空いてしまった今になって溢れ出してきている。

 

 

 それでも、『ノア』にさえ行けば。

 

 ──本当に何とかなるとでも? 

 

 

「考えるな……!」

 

 

 きっと疲れているから。

 お腹が空いているから。

 

 だから悪いことばかり考えてしまうのだ。

 

 ちゃんと休んで、起きたら昼食を食べよう。

 そうしたらきっと、この頭の中もすっきりするはずだから。

 

 

 布団を被り、きつく目を閉じる。

 今はもう聞き慣れた旋律が、頭の中で鳴り始める。

 

 それに抵抗することなく身を委ねながら、俺は眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

「────んっ……?」

 

 

 それからどれくらい眠っていただろうか? 

 不意にガサガサという音が聞こえ、俺はゆっくりと身体を起こして音のする方向へと目を向けた。

 

 壁に立てかけられた大きなドア。

 床に並べられた機材や道具の数々。

 

 その中心で胡坐をかいて床に座っている女性。

 その左目には眼帯が着けられており、爬虫類のような大きな尻尾が、彼女の背中で揺れていた。

 

 

「──何見てんだよ。病人なら寝てろ」

 

 

 目が合った瞬間に睨まれたが、その声で俺は気付いた。

 拘束されていた初日に聞いた、あの柄の悪そうな声と同じだと。

 

 彼女が、テレジアが言っていたアスベストスさんに違いない。

 

 姿を見るのは今日が初めてだ。

 

 ──とりあえず。

 

 

「初めまして。……オーナー、と呼ばれています。えーと、その、お世話になっています……」

 

「……お前、この状況で最初にすることがそれかよ。馬鹿か?」

 

 

 敵意は無さそうだけど、威圧感があって少し怖い。

 

 誰か助けて。

 

 




≪Tips≫

ネームド: テレジア 176%
      アスベストス 5%
      ヤエル 80%
      ノーシス 15%

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