「……おい、こっち来い。そんで座れ」
「……?」
ベッドで身体を起こしたまま、何となくアスベストスさんの作業を眺めていたところ、彼女がこちらを一切見ずに俺を呼んだ。
理由も分からないまま布団から出て彼女へと近付き、指を差された場所に素直に座る。
よく乾いた布が俺の膝へと投げられて来た。
「さっきからこっちの事ジロジロ見やがって……暇なんだろ? 手伝え」
「……分かりました。何をすれば良いですか?」
唐突ではあったが、居候みたいなことをさせて貰っている身だ。これくらいのことなら断る必要も無い。喜んでお手伝いをしようじゃないか。
そう思っての発言だったのだが、アスベストスさんは俺の方をチラリと見て、大きなため息を吐いていた。
「なるほど、お前もテレジアと似たような奴か」
「えーと、それはどういう……」
「あー、いい。深い意味は無ぇんだ。あたしが分解した部品をそれで拭け」
聞き返しても返答は貰えず、代わりに目の前に部品が置かれた。
彼女のことはテレジアから少しだけ聞いている。
本人に関わることだから詳しくは話せないけど、と前置きをされた上で聞いたところ、彼女は所謂『探検家』をしているらしい。
この部品も恐らく、その探検に使用した機材や道具の一部なのだろう。
所々に雪や氷が付着しており、僅かに溶けた部分は水滴に変わっている。
「ストーブの近くで乾かしますか?」
「……薪ストーブは調節が手動だ。気ぃ抜いて熱で歪ませねぇ自信はあんのか?」
「拭かせて頂きます」
数個くらいならまだしも、見たところ分解されていく部品の数は数十個は下らない。全部を問題無く管理出来そうには見えなかった。
うーん、良い案だと思ったんだけど……残念だ。大人しく作業を手伝うことにしよう。
「──いや、そんなに長い付き合いでもねぇよ。テレジアと会ったのは二ヶ月くらい前だ」
「じゃあ二ヶ月前からこのイェラグに居たんですね」
「それも違ぇ。初めて会ったのはサルゴンの砂漠地帯だ。ここに来たのは割と最近だな」
「へえ……。どうして一緒にこの場所に?」
「利害と目的が一致したから。……つーかお前、そんなことより手を動かせよ」
「すみません」
「『探検家』って、何をするんですか?」
「……依頼受けて未踏破地域の調査が普通なんじゃねえの?」
「……その言い方だと、アスベストスさんは違うんですね」
「あたしは一人で自由にやるのが性に合ってんだよ。……言ってる意味が分かるか?」
「はい」
「そうか、分かってねぇな。聞いて悪かったよ」
「今更ですけど、私がこの部屋を使っても良いんですか?」
「十日くらい使っておいて何言ってんだ……? テレジアと話は付いてる。ここの使用料と薪代に食料費、ちゃんと自分の分負担すんなら文句は言わねえよ」
「いや、それは当然として、その……」
「……あのなぁ」
「──おわっ!?」
「あたしの尻尾にすら押し負ける奴が何言ってんだ? お前の事何とも思ってねえし、何かしようとしても返り討ちにしてやるから安心しろ」
「そうみたい、ですね……」
「そもそも殆ど戻って来ねえしな。二、三日もしたらまた山登りだ」
部品を拭いて、並べて、拭いて、並べて。その繰り返し。
そんな作業を黙々と続けていたが、いたたまれなくなった俺は何度かアスベストスさんに話しかけた。
無視されることが大体七割。
でも残りの三割くらいは、明らかに乗り気じゃない声音ではあったけれども、答えが返ってきてくれた。
後半の方は少し、そうほんの少しだけではあるけれども、雰囲気が和らいだ気がする。
めげずに何度も話しかけてみて良かった。きっと根は悪い人では無いのだろう。
「よし、一通り終わったな。飯にすんぞ」
「あれ、作ってくれるんですか?」
「燃料がもったいない。お前が何作るか分からない。これ以上理由が要るか?」
「……お願いします」
……悪い人では無いよね? 多分、きっと。
わざとそういった攻撃的な言葉を選んでるような気がするけれど、理由を聞くような間柄でもない。
気にはなるけれども、ここは何も言わずに従うのが吉だ。沈黙は金、とも言うし。
「アスベストスさん、部品とか道具は隅に寄せてもいいですか?」
「……落とすなよ」
一応は肯定の意味と受け取ろう。
いや、そんなに筋力が無いと思われているのだろうか?
…………この立てかけられたドア。
位置をずらそうと思ったけど、ビクともしない。こっちに倒れてきたら大変なことになりそうだから、このままにしておこう。
視線を感じて振り向けば、アスベストスさんは「ほら見ろ」と言わんばかりの表情を俺に向けていた。
うん、何も言い返せないな。悔しいけど他の物を……。
「──眩しっ!」
小さい部品。用途が分からない道具。高そうな機器。
丁寧に移動をしている最中、それは起きた。
動かそうとして手に持ったランタンの電源が、急に点いてしまったのだ。
「あの、これどうやって消したら……アスベストスさん?」
「──貸せ」
半ば強引に、俺の手からランタンが奪われた。
だがアスベストスさんの持つランタンは、その灯りを失っている。
そして今度は押し付けられ、ランタンは再び俺の手へと戻る。
眩い光がランタンから発せられた。
……あれ?
「……こいつは源石電池で動く代物だ」
「さっきの整備の時に電池は抜いてる」
「お前、何した?」
アスベストスさんは、訝しげな表情を浮かべている。
……俺にもさっぱり分かりません。