「オーナー、どうかしら? 身体に異常は?」
「いや、今のところ何も無いですね……」
電池が外されたはずの道具を動かしてしまった俺は、アスベストスさんから微妙に距離を置かれながら、夕方までの時間を過ごした。
彼女曰く「仮にアーツだとして、制御出来ない奴には近付かねぇよ」とのこと。
何かが起きてからでは遅いとの理由で、アスベストスさんの道具類からも離されてしまった俺は、薪割りや水汲みに精を出すこととなった。
そしてテレジアが戻ってきて、早一時間。
状況等を一通り聞き終えたテレジアによって、確認と実験が始まった。
もう三十分以上も持たされているこのランタンも、その実験の一つだ。
長時間のアーツ使用で異常が起きないかの確認らしい。
「もっと消費が激しい奴が良いんじゃねえか?」
「それは確かにそうだけど、精密機械を持たせるにはリスクが大きいわ。爆発を起こさないとも限らないでしょう?」
何だか不穏なワードが聞こえた気がする。このランタンは大丈夫なんですよね?
最初は興味無さ気にしていたアスベストスさんも、暇だったのか何時の間にか実験に加わってくれている。
二人とも過去に見たことがあるアーツの種類や特徴を語り合っていたが、どうやら俺のコレは判断が難しいらしい。
というのも、どうやら俺は、既にアーツを常時発動している可能性があるとのこと。
テレジアの説明によれば、俺が喋る言葉と耳にする言葉が、自動的に翻訳されている状態らしい。
どんな言語で話しかけてもちゃんとした言葉で返されることと、その際の口の動きが実際の言葉と異なっていることから気が付いたと、彼女は言っていた。
俺一人では気付くことは無かったと思う。彼女の洞察力に感謝だ。
この自動翻訳が果たして本当にアーツなのかは分からないが、便利であることに変わりは無い。
驚きはしたものの特に問題は無いと思ったのだが、二人の意見は俺とは違っていた。
アーツは源石エネルギーが由来の力。
そのため感染者はアーツユニット無しでも行使することが出来るが、非感染者はアーツユニットが無いと行使が不可能なこと。
一部の例外を除き、二種類以上のアーツを使用出来る者は居らず、違うものに見えても元のアーツを応用しただけということ。
後者から考えると、ランタンの件の説明が出来ない。テレジアはそう言って頭を悩ませているようだった。
ちなみにアスベストスさんからは、前者の方も気にしろと少し怒られた。
俺が感染者なら、アーツの使用は問題無いが感染者としての自覚や警戒が足りな過ぎる。
俺が非感染者なら、アーツユニットが無いのにアーツが使用出来ることに問題がある。
言われていることは理解出来るが二つ目についてはいまいちピンと来ていない俺に、アスベストスさんは「非感染者でユニット無しでアーツが使用出来るとなると、ライン生命辺りで実験動物も有り得るぞ」と続けてくれた。
それは流石に怖い。事の重大さが分かった気がする。
「心配してくれてありがとうございます」と感謝を述べたところ、頭を軽く小突かれた。とても痛かった。
あとこの話の時にテレジアが「体表に源石は見えなかったから非感染者だとは思うけれど……体内に無いとも限らないわ。ちゃんとしたところで検査さえ出来れば……」と呟いていたのだが……。
えーと、あれ? もしかしてどこかで裸見られてます?
聞くタイミングを逃してしまったけど、割と由々しき事態なんですが?
そんな俺の心情など知らないまま、話が終わった二人はこちらを向いた。
テレジアが俺からランタンを取る。途端に灯りは消え失せた。
「今のところ、あなたのアーツは全くの不明。このランタンを動かしている事実を踏まえても、『源石エネルギーに関するもの』なのか『電気エネルギーに関するもの』なのかすら分からないわ。……ごめんなさい」
「あたし達がお前に触れても何も起きなかったしな。ま、体調に問題が起きて無ぇなら当面は放っておいて良いだろ。……何か起きたらすぐ言えよ? アーツの暴発に巻き込まれるのは御免だからな」
「テレジアさん、謝る必要は全然無いですよ。二人とも、ありがとうございます」
何も判明はしなかったが、新たに増えた情報はある。
自動翻訳もそうだし、俺自体が、分かる人からすれば興味の対象に成り得るということも自覚出来た。
……正直に言えば充電みたいなことが出来るのならば、路銀稼ぎに一役買ってくれそうだと思ったのだが、辞めておこう。
初日の夜にテレジアと話した、ノアに戻るために少なくともクリアした方が良い条件。
『ノアまでの移動経路の確保』
『ノアの現在地の情報』
『ノアの現在の状況』
大まかに分けて三つ。クリア出来るのは一体何時頃になるだろうか……。
まあコツコツこなしていくしかない。路銀を集めて、情報が集まりやすい国に行けばきっと何とかなるはずだ。
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「オーナー、私達はご飯の準備をするけれど……」
「……ランタンも熱源だからな。汗臭ぇから拭いてこい」
実験が一旦終了した後。
水の入ったバケツと布を渡された俺は、素直に外に出た。
日が落ちそうで寒さも厳しい中、俺は素早く身体を拭くために布を水に浸し、かじかむ指で絞ってから服の下へと潜り込ませる。
「冷てぇ……!」
ここ数日で何度も経験しているが、未だにこれには慣れない。
少し前までは暖かい風呂かシャワーを毎日使用していたのだから、無理も無いだろう。
他の国は知らないが、イェラグでは近年まで毎日お風呂に入ったりすることは無かったらしい。
というのもお湯を沸かすための薪は、イェラグ人にとっての生命線だったからだ。
凍死の危険性を天秤にかければ、無駄遣いは出来ないのも道理だろう。
それでも近年は工業化によって、入浴等の習慣も設備も根付いて来ているらしいのだが、それは一般家庭や貴族達の話で、出稼ぎに来るような労働者達までには流石に行き届いていない。
「仕事休むとシャワーすら浴びれないんだもんな……」
働く工場にもよるが、仕事の終わりにシャワーを浴びさせてくれるところもある。
衛生の問題ももちろんあるが、仕事終わりで汚いままの労働者達が街に繰り出して、観光客に悪印象を与えることを避ける意味合いもあるらしい。よく考えられているんだな、と感心した。
あとは街でお金を払って使用出来る入浴施設もあるらしい。
テレジアとアスベストスさんは何度か利用したことがあると言っていた。
「二人の方がもっとお風呂とか入りたいだろうに、我慢してるんだ。これくらい全然平気……」
それでも寒いものは寒いし、冷たいものは冷たい。
布を水に浸す度、針のような冷たさが手に襲い掛かる。
ちくしょう……冷たい……。
せめてお湯ならもう少しはマシになるんだけど……。
「………………ん? え?」
暗くなってきた状態でも、直ぐに分かった。
使用していたバケツから、白く湯気が立ち上っている。
俺は、恐る恐る手を差し入れる。
──暖かい。間違いなくお湯に変わっている。
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「えっと、水がお湯に変わりました……」
「……テレジア、どう思う?」
「……『熱エネルギー』? いえ、もっと純粋に『エネルギー』だとすれば……。『放出』『増幅』…………もしかして『変換』?」