箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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オーナー③/20日目

 

 

「……電車ほど快適じゃ無いな」

 

 

 ガタンゴトンと揺られつつ、窓の外を見ればどこまでも雪景色が広がっている。

 

 電車や新幹線は何度か乗ったことがあるが、列車に乗るのは初めての体験だ。

 イェラグの街並みがリターニアなどと比べてとても簡素だったのである意味不安だったのだが、それも杞憂に終わって良かった。

 

 街並みと比較すると、この列車とか鉄道だけ文明を先取りしているような気がする。

 ヤエルさんとの会話の中でシルバーアッシュ家はこの鉄道システムに心血を注いだと言っていたが、その言葉に嘘偽りは無さそうだ。

 

 目的地の『トゥリクム』までは、まだ時間がある。

 車内は空いているという訳ではないが、誰かが立たなければいけないほど混んでいるという訳でもない。

 多少気を抜いたところで、誰かが気にすることも無いだろう。

 

 

「はぁ……」

 

 

 姿勢を崩し、椅子の背もたれへと寄りかかる。思わず大きな溜息も出た。

 

 朝や夜はテレジアやアスベストスさんが居る。

 昼はもちろん工場で働くため周りの人達が居る。

 時間が空いたと思えば、図ったかのようにヤエルさんが声を掛けてくる。

 

 ここ最近、一人の時間をちゃんと取れなかった。

 だからこそ今、自分の状態がよく分かる。

 

 自分の中にしっかりと、『自分の感情だけ』があることが、よく分かる。

 

 イェラグで過ごし始めてから何となく、話している相手や自身の近くに居る人達が『楽しそう』や『悲しそう』などと、『感じているように思う』という感覚を覚えることが多かった。

 社会人として相手の気持ちを慮ることは日頃からしていたため違和感を感じてはいなかったのだが、数日前に流石に看過出来ないことが起きてしまった。

 

 工場で、機械が破損したことで怪我人が出たのだ。

 

 近くに居た俺は幸いにも怪我などはしなかったのだが、腕に大き目の傷を負った作業員と目が合った時、筆舌に尽くし難い感覚に襲われることとなった。

 

 突然覚えた恐怖や驚愕、苦しみや絶望の感情。

 結果として俺は意識を失ってしまい、何度かお世話になっている仕事仲間からは、しばらくの間『血を見てぶっ倒れた奴』とからかわれてしまった。

 

 あれから数日考えて、至った結論。

 そして今、一人になって分かるスッキリとした気分。

 

 

(何となく予想は付いていたけど、これってサンクタの『共感』じゃないか?)

 

 

 思い出すのは、『生息演算』を遊んでいた頃の記憶。

 レミュアンとの会話の中で、サンクタの光輪や光翼は何か出来たりするのかを聞いた時のことだ。

 

 彼女曰く、光輪や光翼自体は特に意味は無くてサンクタという種族を証明する程度のものだが、サンクタには『共感』というサンクタ同士で感情を共有出来る能力があるらしい。

 

 俺は光輪も光翼も無いからサンクタでは無いし、共有どころか一方的に受信しているようなのだが、状態は一致しているように思う。

 あの時聞いた内容ではオンオフというか、特定の相手との共有を拒否出来ると言っていたはずだが、やり方や感覚を聞いておけばよかった。

 

 

(何度か試してみたけど、どうしても感じ取っちゃうんだよな……)

 

 

 会社員として働いていた頃と比べて、話下手というか取り繕ったりすることが難しく感じるようになった。

 知らない身体や幼くなった容姿に引っ張られているのかとも考えたが、思い返せばこの『共感』のせいのように思う。

 

 意識してみてからようやく分かったのだが、話している最中なのに相手からの感情が邪魔をしてくるため、その時に考えていたことがその邪魔によって途切れてしまうのだ。

 「えー……」やら「あー……」などと言って再度考え直しが入ってしまうため、相手からすると疑惑の目で見られてしまう。そして俺は、思考を上手く纏められないまま素直に話してしまうということが多々あった。

 

 

「俺の身体、問題が多過ぎないか?」

 

 

 無意識でやってしまっていた事だが、意識出来るようになったから改善は可能かもしれない。

 だがその代わりに、この身体の疑問点や不思議な部分は更に増えてしまった。

 

 サンクタとサルカズは仲が悪いと聞いた。

 それがあるからテレジアにも何だか話し辛い。

 

 

「一つくらいは自分で解決しなくちゃな」

 

 

 このお使いだってそうだが、一人で出来ること、こなせることは多い方が良いに決まっている。

 

 恐らくだが俺を巻き込まないためにテレジアは詳細を話してくれてはいないけれど、彼女だって相当な事情があるということくらいは俺でも分かる。

 彼女の協力──恩返しと言っていた──が突然終わることだって有り得る以上、様々なことは急いだ方が良いはずだ。

 

 

(……何事もありませんように)

 

 

 そしていろいろと上手くいきますように。

 

 そんなことを、イェラグの人達が崇める神様──イェラガンド様に祈っておくとしよう。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「おー、賑わってる……!」

 

 

 『トゥリクム』。

 

 新しめな建物がそこかしこに建っており、何より人が、今まで居た街より大勢居る。

 イェラグの玄関口と言われるだけのことはある、ということだろう。

 

 深呼吸をしてから、やるべきことの確認をする。

 

 今日するべきは、情報の収集。

 この地で飛び交う国外の情報を聞くことと、雑誌や新聞などの情報媒体を集めることが、俺のやるべきことだ。

 

 目的を確認しながら地面に目をやれば、捨てられた新聞がそこにはあった。

 拾って、少し広げてみる。

 

 

「『ノア』の文字か『ロドス』の文字は……無さそう」

 

 

 当然ながら、俺はまだ書き文字は十分に習得していない。

 だから先に教えて貰ったいくつかの言語の、『ノア』と『ロドス』の文字を探すこととなる。

 

 とりあえず、この新聞からは得られる有益な情報は無さそうだ。

 

 

「……へぇ」

 

 

 この世界にも暦の概念があることは知っている。

 でも今が、この世界の何年に当たるのかは知らなかったのだけど……。

 

 それが丁度新聞には書かれていて、数字は元の世界と同じだから、知ることが出来た。

 

 

 

「今って『1096年』なのか」

 

 

 

 まあそれを知ったところで、何になるわけでもないけれど。

 

 

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