「すみません。お世話になっている人達へのお土産を考えてまして……」
何故俺に話しかけてきたのかは分からないが、考え事で無視してしまったことには変わりない。
謝罪をしつつベンチから立ち上がると、ウースと呼ばれていた女性は、小さくフンと鼻を鳴らした。
「別に良いわ。それよりも、聞きたいことがあるの」
そう言って彼女は俺を、より正確には俺が着ている防寒具を、ジロジロと見始めた。
そして「やっぱりそうよ」という言葉と共に、その目がまた俺へと向く。
「貴方、『曼珠院』の者でしょ? 見ない顔だけど、此処に何をしに来たのかしら?」
『曼珠院』というのは、カランド山に建てられている建造物、あるいはそこに所属している人々を指す言葉のはず……。
それが何で急に、俺がそこに所属しているという話になるのだろう? 何か勘違いをしているに違いない。
「あの、よく話が分からないのですが、私はイェラグの人ではありませんよ?」
「……本当に?」
「本当です。イェラグには事情があって滞在しています」
「でもその防寒具、『曼珠院』で使用されている物よね? 型は少し古めだけど……」
──なるほど。
この防寒具はヤエルさんに貰った物だが、どうやら元々は『曼珠院』で使用されていたものであるらしい。
……でもそうだとして、何故話しかけられたんだ?
『曼珠院』の人が此処──『トゥリクム』に来ること自体が珍しい、あるいは怪しいという可能性もあるけど、わざわざ声を掛けてくるくらいなのだから、よほどのことなのかもしれない。
そうなると今まで、この人達以外に疑問に思われなかったのが不思議になってしまうけど……。
駄目だ。情報が少な過ぎてどうにもならない。
「そうなんですか? 良く似ているだけで見間違いという可能性は?」
「毛皮と衣服類はブラウンテイル家の専門よ。『曼珠院』への奉納物は見間違えないわ」
迷いのない言葉。
確固たる自信があるようで、彼女の顔はどこか得意気だった。
──いや、ちょっと待ってくれ。その台詞ってつまり。
「もしかしてお二人は、ブラウンテイル家の方なんでしょうか?」
「…………ブラウンテイル家当主の妹、スキウースよ。こっちは私の夫のユカタン」
思っていた以上に大物だった。
どうしよう、無礼な態度を取ったりして無かったよな?
言動を思い返して焦る俺を他所に、スキウースさんは何か言葉を続けようとして、途中で止めた。
その代わりに、その目は鋭さを増す。
「それで、貴方が『曼珠院』の者でも無く、それどころかイェラグ出身ですら無いって言うのなら、それはどうやって手に入れたのかしら?」
「……頂き物です」
「誰から? 『曼珠院』の連中が余所者にあげるとは思えないけど」
疑惑と警戒の視線を、お二人からビシバシと感じる。
敵意が無いだけまだマシだと思うのだが、何でこんなに詰められているんだろう。
というかスキウースさんの隣のユカタンさんなんて、武器に手を伸ばしてないか? 怖いので止めて欲しい。
……もういっそのこと、ヤエルさんの名前を出してしまおうか?
そう考えた矢先、助け舟は思わぬところから現れてくれた。
スキウースさんの隣で静かに話を聞いていたユカタンさんが、小さく息を吐いて武器から手を放す。
「ウース、気になるのは分かるけどここまでにしよう。少なくともこの子が盗みを働いたようには見えない」
「でも、ユカタン──」
「それに、これ以上はお前の本当の目的が話し辛くなるだけじゃないか?」
「……あっ」
ユカタンさんの言葉に、何かを思い出したかのような声を上げて、スキウースさんが固まった。
そしてばつが悪そうな表情を浮かべ、こちらへと向き直る。
……何だ?
もしかして、俺に話しかける前にこの防寒具の事に気付いてしまって、そっちの疑問の解決を優先してしまったとかなのだろうか?
「ええと、私が貴方に話しかけたのは、その防寒具のことを問い詰めたかった訳じゃなくて……」
先程までとは打って変わって、その声には元気が無い。
大きな尻尾も、少し萎れているように見える。
「その、ブラウンテイル家で通訳として働く気は無いかしら?」
この状況でそんな話を出せるなんて、貴族の人って肝が太いのか? という感想は置いておいて。
……あー、いろんな人達に聞き回っていたところを見られていたのか。
うん、理解した。
この翻訳能力、便利だけど厄介事もセットかもしれない。
オンオフ機能とか無いですかね?
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あの後、イェラグに定住する気が無いこと、簡単な会話しか出来ないため通訳は荷が重いことなどを告げて、何とか提案を避けることが出来た。
「そうかしら? 聞こえた会話は十分そうだったわ」と中々諦めてくれないスキウースさんだったが、列車の発車時刻が迫っていたことに助けられた。
それと嬉しい誤算もある。
去り際に二人から、結局買えなかったお土産を貰えたことだ。
彼女達も元々は『トゥリクム』に買い物に来ていたらしく、最初は断ろうとしたが、お土産を買う時間を奪ってしまったお詫びと言われてしまい、列車に遅れるわけにもいかなかったので高級そうなコーヒーと紅茶の茶葉を受け取ってしまった。
最後にいろいろとあったけど、甘めに見積もってもお使いは成功と言って差し支えないんじゃないだろうか?
「……お土産、二人とも喜んでくれると良いな」
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イェラグにおける三大貴族。
シルバーアッシュ、ブラウンテイル、ペイルロッシュ。
三家は領地の統治を行いつつ、それと同時に他家の動向を注視している。
特にシルバーアッシュ家以外の二家は、近年工業化によって力を付けているシルバーアッシュ家を警戒しており、多くの間者をその領地へと潜ませてすらいるほどだ。
その者達によって、『その情報』は当主へと伝わることとなる。
三家の当主は、巫女の侍従長が最近になって頻繁に会っている者が居ることを知っている。
三家の当主は、その者がイェラグ出身では無いことを知っている。
ブラウンテイル家の当主は、『トゥリクム』に潜ませていた者達から、その者が複数の言語で会話が出来ることを知った。
ペイルロッシュ家の当主は、労働者の宿泊施設に潜ませていた者達から、その者がどのようなアーツを使えるのかを知った。
シルバーアッシュ家の当主は、その者を監視させている。
──その傍に居る者を含めて。
「持ち込んだ実験用の機材のチェックは済んだか?」
「はい、後はカメラの確認だけです」
「見せてみろ。……問題は無いな」
「確認用に撮ったデータはどうしますか?」
「……使う訳でも無いが、『トゥリクム』の発展具合が分かる資料にもなる。何かのために残しておけ」
「分かりました」
「寒い所は苦手だ。早く終わらせて『トリマウンツ』に帰るぞ」