吹雪く風が山小屋を揺らす。
風に軋む音が途切れずに続く中で、一つの灯りだけがその山小屋に灯っている。
その灯りの傍らで、凍えぬように布団を体に巻き付けた影が二つ、向かい合うように座っていた。
「──オーナー、改めて今日はお疲れ様」
「あはは、普段はあまり役に立てていないのでこれくらいは……。それで、どうでしたか?」
「そうね。オーナーから聞いた話とここに書かれている情報から考えると……」
オーナーが持ち帰って来た新聞や雑誌を膝に置いていたテレジアは、そこで一度言葉を切った。
その視線は部屋の隅、ベッドを使用しているもう一人の人物へと向けられる。
「……あたしが聞くとマズイ奴か?」
「私とオーナーの事情に巻き込む可能性はあるわ」
「はっ! 今更だろ。……口出しはしねえから好きにしろ」
アスベストスはそう答えて布団を被り、その目を閉じた。
これから行われる会話の内容がつまらなければ、彼女の眠りは早くなることだろう。
テレジアがオーナーへと向き直る。
「オーナーも……良い?」
「はい。ここまで来たら覚悟は出来てます」
「……私が貴方に協力すると言った時の事、覚えているかしら?」
「ここで初めて会った日の事ですよね? 三週間くらい前の事なので一言一句という訳じゃないですけど……覚えてます」
「あの日も、そして今日に至るまでも、私は貴方に多くの事を意図的に話していないの。これは言い訳になってしまうけれど、こちらの事情に巻き込む訳にはいかなかったからよ」
「……それは何となく分かってました。でもそれをわざわざ話すってことは、巻き込まざるを得ない状況になったということでしょうか?」
申し訳無さそうな表情のまま、テレジアは小さく頷いた。
オーナーは少し迷ってから、意を決したかのように続きを促す。
そしてテレジアは、今まで詳しく語ることの無かった自身の事情を話し始める。
戦いに敗れ逃亡の身だと言ったが、その戦いの中で致命傷を負っており、受け取っていた救急キットによって息を吹き返したこと。
それでもこれ以上は戦いの継続が難しいと判断し、終結のために自身は死亡したことにして、敗走に紛れて一時的に『ロドス』を離れたこと。
自身が生きていることを知られないよう、情報網などの発展が進んでいない各地域を渡り歩いて、この『イェラグ』へと辿り着いたこと。
「……だから、恩返しだと言ったんですね。お役に立ったようで良かったです」
「実際に私に使ったのはケルシーよ。彼女の事は覚えてる? 苦し紛れの策だったんでしょうね。まさか生き返るなんて思ってなかったのか、初めて見る表情をしていたわ」
「それじゃあロドスの皆さんは、テレジアさんが生きていることを知っているんですか?」
「……詳細は省くけれど、私を治療したケルシー…………だけしか知らない筈よ。偽装の露見の可能性を考えると、ケルシーも誰にも話していないと思う」
齎される情報を一つ一つ整理するオーナーは、その表情を忙しく変える。
そして落ち着いた頃を見計らったテレジアは、ようやく本題──新たに得た情報から考えられる推測──へと入った。
『ノア』の現在地は『炎国』の西側付近である可能性が高いこと。
『ノア』と『ロドス』が、程度は不明であるが何らかの協力関係になっていること。
テレジアが戦っていた相手が、今は『ヴィクトリア』で活動をし始めているらしいこと。
「……『ヴィクトリア』って、『イェラグ』の隣の?」
「『ヴィクトリア』は大国だから、隣といっても主要な都市とは物理的な距離は相当よ。立ち入ろうとしなければ問題無いと思うわ」
「そうなると『炎国』に向かうには、上か下かどちらかから回っていかないとですね。……協力関係って言いましたけど、戻って大丈夫なんですか? 私からテレジアさんのことがバレてしまうんじゃ……」
「それも大丈夫よ。元々頃合いを見計らって『ロドス』には戻るつもりだったから。『ヴィクトリア』で事を為そうとしているのなら、私に割く余力も無い筈だからむしろ今が好機ね」
好機、と言葉にはしているが、テレジアの表情には陰りが見えた。
それを疑問に感じたオーナーが追及する前に、テレジアは他の推測も語っていく。
聞くタイミングを逃したオーナーは、何かを言いかけて……結局その口を閉じた。
意見や疑問を交えながら、二人の会話は続いていく。
そうしてしばらくの間、山小屋の灯りが消えることは無かった。