箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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イェラグ③ 裏①/21ー29日目

 

 

「──ちょっとラタトス! 聞いたわよっ!」

 

 

 ブラウンテイル領、ラタトス邸。

 

 ノックも無しにずかずかと部屋に入って来たスキウースを見たラタトス──ブラウンテイル家当主は、面倒臭そうにため息を吐いた。

 そして手にしていた書類を机へと置きながら、妹の相手をするために視線を彼女へしっかりと向ける。

 

 続く言葉を聞いたところ、どうやら数日前に『トゥリクム』で出会った『オーナー』という人物について、ラタトスが接触しようとしていることを嗅ぎつけたらしい。

「私が先に目をつけたのよ! もしかして横取りする気!?」と不満を露にする妹に、ラタトスは再び大きなため息を吐いた。

 

 

「スキウース、あんたはどうせ『何となく気に入らない』なんていう単純な理由で、私に文句を言いに来たんだろう? その『オーナー』とやらがどれだけ凄いことをしていたのか、まるで分かっちゃいないのさ」

 

「……あたしを馬鹿にしてる?」

 

「結果だけみればそうなるね」

 

 

 その言葉を聞き、強く睨み付けて怒りを声に出そうとしたスキウースを、ラタトスは挙げた手で制した。

 

 

「不出来な妹のために分かりやすく教えてやる。私は『トゥリクム』に潜ませている者達からの報告と、あんたの話の両方を吟味した」

 

「報告ならあたしも聞いたわよ。同じような内容だったじゃない」

 

「……『オーナー』とやらは、国外から来ていそうな奴らに話しかけていたらしいじゃないか」

 

「ええ、そうね。クルビア、カジミエーシュ、ヴィクトリア……後はリターニアっぽい人も居たわ」

 

「時にスキウース、そいつらと会話は出来るか?」

 

 

 急な質問に、スキウースは眉を寄せた。

 

 近年、イェラグを訪れる国外の人々は増加傾向にある。

 立場上、他国の要人と話す機会も増えるだろうと考えている彼女は、他言語を勉強中であるが、その成果は本人のやる気も関係して芳しくない。

 

 

「……簡単な会話くらいなら」

 

「そうか。それじゃあ何で、『オーナー』とやらを通訳としてスカウトしようとした?」

 

「何でって……優秀な通訳だと思ったからに決まってるじゃない。『オーナー』が話しかけていた相手が何を言ってるのかあたしには分からなかったけど、ちゃんと会話が出来ていたってことは、あたしより他言語に詳しい証拠でしょ?」

 

「どんな会話をしていた? 一部でいいからちゃんと思い出してみろ」

 

「…………あっ」

 

 

 思い出して、スキウースはようやく気付いた。

 思い返せば、『曼珠院』の防寒具を着ていた、ということ以外にも、彼をイェラグ人だと思った理由がある。

 

 聞こえてきた『オーナー』のイェラグ語は、まるでこの国で暮らしてきたかのように、流暢だった。

 

 

「あんたの話と部下の報告、どっちも『オーナー』の言葉だけが詳細で、会話の相手が何を言っていたかを理解出来てるやつが居なかった」

 

「『オーナー』が話しかけていた相手は、自国の言語を使用していた。でもスキウース、あんたが聞いたその会話での『オーナー』の言葉は、イェラグ語だったんだろう?」

 

「もちろんその相手がイェラグ語を知っていた可能性はある。でももしそうなら、イェラグ語で話しかけた『オーナー』にはイェラグ語で返すのが普通なんじゃないか?」

 

 

 そして「知っていても頑なに自国の言語だけを使用するような偏屈な奴だけが、『トゥリクム』に揃っていたとは考え辛いしね」と、ラタトスは締め括った。

 

 狐につままれたかのように混乱するスキウースは、やっとのことで自身の考えを整理する。

 

 

「それじゃあ何? 『オーナー』の言葉は、聞いた人によって言語が違うってこと……?」

 

「実際に試してみないと確証は無いけどね。まあ特殊なアーツでも持っているんだろう。……でも、だとすれば非常に有用だ」

 

「……確かに、そうなるわね」

 

 

 得難い人材の可能性が高いことを理解したスキウースを見て、ラタトスは笑みを深めた。

 わざわざここまで教えてあげたのは、妹を利用する気があったからだ。

 

 

「実を言えばあんたには一つだけ褒める点がある。三家の中で恐らく一番に『オーナー』と接触をしたことだ。役に立って貰うよ」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 シルバーアッシュ領で建ち並ぶ工場の一つ、その一室。

 

 椅子に腰掛け、顎に手を当てながら思案に耽る澄ました表情の男に対し、壁に寄り掛かるようにして腕を組んで立っていた長身の女性──デーゲンブレヒャーは、痺れを切らして声を掛けた。

 

 

「ノーシス、あなた何時までそうしている気なの?」

 

「────ああ、すまない。少し夢中になっていた」

 

 

 普段と変わらない表情で反応するノーシス。

 だが付き合いの長いデーゲンブレヒャーには、彼が何時に無い精神状態でいることがすぐに分かった。

 

 それほどまでに、今日出会った『オーナー』とやらが興味を引く存在だったのだろうか、と彼女は考える。

 

 

「私の業務範囲に無い『なるべく多くの観葉植物を用意してくれ』なんて要望を叶えてあげた甲斐はあったということかしら?」

 

「もちろんだ。明らかに注意が向けられているのが見て取れた。今回は素直に君に感謝しよう」

 

 

 感謝、という言葉がノーシスの口から出たという事実に、デーゲンブレヒャーは何とも言えない表情を浮かべた。

 

 ただの労働者の一人に、急な面談を行ったのはノーシスの意思だが、『オーナー』がこの工場に来たのは全くの偶然だった。

 シルバーアッシュ家の当主であるエンシオディスと、カランド貿易の最高技術責任者であるノーシスが、最近よく言い争いをしていたことをデーゲンブレヒャーは知っている。

 『オーナー』がこの工場に来たことを知った彼が「向こうから来る分にはエンシオディスも文句は言うまい」と呟いたことも、デーゲンブレヒャーは知っている。

 

 この可能性を危惧して、エンシオディスは私をノーシスの監視につけたのだと、面談の直前になって彼女は悟った。

 

 そしてその結果として、ノーシスは稀な様相を晒している。

 

 

「……まるで強そうには見えなかったけど」

 

「人の価値を武力だけで測るな。僅かな時間ではあったが、私には『オーナー』に協力してもらいたい実験が山ほど思い浮かんでいるぞ」

 

 

 そう言われて、彼女は面談の時の様子を思い出す。

 

 あまりそう言った事に興味が無い彼女でさえ察せられるほどの、善性の強い『良い人』だったことは分かる。

 受け答えも、緊張していた点を加味すれば特段変なところは存在しなかった。

 

 ──いや、正確には二つ。違和感を覚える部分は二つほどあった。

 

 

「その実験、あの子の言葉と口の動きが違ったことは関係してる?」

 

「ほう、君も気付いていたか。途中でヴィクトリア語を使用しても気にしている素振りが見当たらなかった。おそらく言語に関係するアーツを使用出来るのだろうが、もしアーツが使えるとなると推測される種族の文献上──」

 

「あと、イェラグとカジミエーシュとリターニアの言語が混ざっていて、聞き取り辛かったわね」

 

「────待て」

 

 

 長くなりそうな話を切るために、自身の意見だけ言ってしまおうと被せるように発言したデーゲンブレヒャーを、ノーシスは驚きと好奇心を浮かべた表情で見た。

 

 その表情に、彼女は内心で舌打ちをする。

 余計なことを言って巻き込まれてしまった、と。

 

 

「……彼は終始イェラグ語を使用していたはずだ。今すぐ記憶の擦り合わせをしよう、デーゲンブレヒャー」

 

 

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