「──よし、着いたな。降ろすぞ」
日が落ち始め、辺りが橙色に染まり始めた頃。
グロ将軍のその声と共に、俺の足は久方振りに地を踏んだ。
顔を上げれば、そこには荘厳な寺院──『蔓珠院』がそびえ立っている。
周りを見渡せば、山頂が見えた。どうやらここがこの『カランド山』の頂上という訳では無いらしい。
まあ利便性を考えれば山頂より手前に建てるのは当然か。
『カランド山』はこの世界で一番高い山と聞いていたから、山頂からの景色を見てみたかった気持ちはあるのだが……仕方無いだろう。
「グロ将軍、本当にありがとうございました」
「気にすんな。倒れられる方が困る」
この人が居なければどうなっていたか分からない。頭を下げて感謝を述べると、グロ将軍は何でもないかのようにニッと笑った。
見たところ息を切らしてすらいない。
近くで佇むテレジアやアスベストスさんですら、少し息が上がっているというのに。
(いや、俺が虚弱とかそういうレベルの話じゃ無くないか?)
この世界の人達、基本的な身体能力が高過ぎる気がする。
見て分かるほど身体を鍛えているグロ将軍は良いとして、そうは見えないテレジアやアスベストスさんでさえ、息が上がる程度で済んでいるのだ。
数時間も通して山登りをしていたというのに、だ。
「……おい、オーナー」
「アスベストスさん。えーと、その……」
「何だよ口ごもって。楽しやがって、とか思ってねぇから安心しろ。そんなことより身体は平気か?」
「……? それはどういう意味ですか?」
「あー、その反応で分かった。『高山病』には罹って無ぇな」
『高山病』。
確か高地で酸素が薄くなることで発生する症状だったっけ?
言われてみれば、息苦しさとかは感じない。個人差があるってテレビか何かで見た気がするし、俺の身体は強い方なのかもしれないな。
……そんなことより肉体的強さがあった方が嬉しかったのだけど。
「ご心配ありがとうございます」
「……心配してた訳じゃねぇ」
そう言って離れていくアスベストスさんと入れ替わるように、今度はテレジアが俺の方へとやって来る。
目が合い、一度逸らされた。……え、その反応は何ですか? 身に覚えが無いけど何かしてしまったのか、俺。
「お疲れ様、オーナー。この後の事を聞いてきたのだけれど……」
焦ったけれど、向けられた感情と言葉に悪いものは無かった。
気になるところだが、一旦飲み込んでテレジアの話を聞くことにする。
その話によれば『巫女様』への謁見と『鉱石病』に関する話は、明朝に行われるらしい。
想定よりも到着が遅れたことが原因で、とりあえず今日のところは『蔓珠院』の離れにて過ごすことになるとのこと。
「部屋は男女別で、ペイルロッシュ家の人達が何人か監視に付くわ。……一人で大丈夫?」
「ふっ、大丈夫に決まってるじゃないですか」
心配そうな顔でテレジアがそう言うものだから、思わず笑ってしまった。
ただただ待機して一人で過ごすだけなのに、何か起きるはずも無い。
それに監視の人が居る以上、俺だっていつもより気を付けるのだから、問題が起きる可能性はゼロと言って良いだろう。
「何かあったら呼ぶのよ? すぐに駆け付けるから」
子供を案じる母親みたいな対応。
そりゃ見た目がそう見えるからそう思うのかもしれないが、中身は立派な大人なのだ。
本気で心配しているのが分かってしまうからこそ、何だかくすぐったい気分になってしまう。
仕方無い。こうなったら何事も無く一日を過ごして、明日の朝にテレジアをちゃんと安心させようじゃないか。
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ペイルロッシュ家が用意した晩御飯を食べ、時間毎に入れ替わる監視の人達と世間話──ほとんどが「ちゃんと鍛えろ」との忠言だった──を交わし、何時の間にか部屋の外はすっぽりと暗闇に包まれる。
いつもより大分早いが、やることも無いのでもう眠りについてしまおうと準備を始めたその矢先。
部屋の扉が、コンコンと叩かれる音がした。
「オーナー、起きてるかしら?」
聞こえたのは、ヤエルさんの声。
何の用事かと思いながら扉を開けると、そこにはヤエルさんとグロ将軍が立っていた。
いつものように微笑んでいるヤエルさんとは対照的に、グロ将軍の表情は少し険しい。
「……『巫女様』がお前を呼んでる。支度をして着いてこい」
『何故こいつが?』という疑問を持っているのだろう。グロ将軍の声音は疑わしげだ。
グロ将軍、俺も『何で俺が?』という疑問で一杯です。
どうしよう、面倒事の予感しかしない。
ここで叫んだら、テレジアが来てくれないかなぁ……?