箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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蔓珠院②/31日目

 

 

 星の光が差し込む暗い廊下を、火を灯した蠟燭を持った先頭のヤエルさんが淀みなく歩いて行く。

 その背を、脳内を混乱で一杯にした俺が追い、最後尾にはグロ将軍が続いていた。

 

 言葉も会話も無いが、俺の後ろからは疑いの感情がビシバシと背中に刺さってきている。

 

 今回の『巫女様』への謁見、俺の立場に関しては『ロドス製薬関係者であるテレジアの付き人』ということになっている。

 『ノアの関係者』というには今現在の『ノア』の状況を知らないため、勝手に名乗ることなどでのトラブルを避ける意味合いがある。

 

 それを言うとテレジアも『ロドス製薬の関係者』を勝手に名乗ってしまっても大丈夫なのか、という懸念が生まれるのだが、彼女によれば、もしロドスの正規メンバーと出会ってしまっても説明は容易、とのこと。

 俺が知らないだけで、証明する手段をテレジアは持っているのかもしれない。……俺も『ノア』に着く前に、『オーナー』であることの証明方法を考えておいた方が良いか。

 

 ともあれそんな弱い立場だというのに『巫女様』に呼ばれてしまったのだから、グロ将軍の疑問も尤もだろう。

 付き人なのに体力不足で運ばれているし、そういったこともその疑念を加速させているかもしれない。

 

 果たして何で呼ばれたのか、何を聞かれるのか? 

 そんなことを考えている内に、俺達は一つの扉の前に到着した。

 

 

「──着いたわ。グロ将軍は扉の外で待っていてちょうだい」

 

「えっ、グロ将軍は着いて来てくれないんですか?」

 

 

 こちらを振り向いてそう言ったヤエルさんに、思わず疑問の言葉が出てしまった。

 

 グロ将軍はきっと、ヤエルさんの言葉に反論しようとしていたのだろう。

 だが俺の言葉を聞いて、その口は開く途中で止まり、怪訝そうな表情を俺に向けている。

 

 うん、変なことを言っている自覚はある。

 でも俺を蔓珠院まで運んでくれたこと、同性であること、山の道中での会話で為人を知ったこと。

 それらを総合的に加味すると、場に居て貰ったほうが安心出来るのが事実なのだ。頼むから着いて来て欲しい。

 

 

「……侍従長、それはお前の判断か?」

 

「いいえ、『巫女様』の要望よ」

 

「何かがあった場合──」

 

「──何かが起きると思う?」

 

 

 グロ将軍の言葉に被せながら、ヤエルさんは俺を見た。

 その視線を追って、グロ将軍も俺の方を見る。

 

 少しの逡巡の後、グロ将軍は扉の横へと移動する。

 

 『何かしようとしても逆に制圧されそうだな』という判断をされた気がした。

 元から何もする気は無かったけれど、それはそれで複雑な気持ちを覚えてしまう。

 

 

「何かあれば声をあげろ」

 

「………………」

 

「オーナー、お前の事じゃねぇ」

 

 

 もしもの時はお願いします、という気持ちを視線に込めてみたが、グロ将軍には一蹴されてしまった。

 

 ……ふざけて逃げたくなる気持ちはここまでにしておこう。

 

 どうやらヤエルさんは居てくれそうだし、何とかなってくれたら良いな。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「──夜分遅くにお越し頂き、誠にありがとうございます」

 

「身共は当代の巫女を務めさせて頂いております、エンヤと申します」

 

「この度は巫女としてではなく、ただ一人の『エンヤ』としてお会いしたい事情があり、お呼び致しました」

 

「どうぞ私のことは『エンヤ』とお呼び下さい」

 

 

 質素ながらも荘厳な気配を持った調度品に彩られた部屋。

 その中心に用意された椅子の前に、この『イェラグ』の『巫女』──エンヤさんが立っていた。

 

 言葉と共に座ることを促された俺は、自分の名前を名乗る暇も無いままに流されてしまう。

 

 エンヤさんも向かいの椅子へと腰掛け、ヤエルさんはエンヤさんの隣へと移動した。

 彼女の傍で佇んだまま、その目は伏せられている。『邪魔はしない』という意思表示なのだろう。

 

 

「……座った状態ですみません。私は……『オーナー』と申します。そちらのヤエルさんには大変お世話になっておりまして──」

 

 

 先の言葉で俺に用事があることは理解したが、どうにも情報が足りない。

 シルバーアッシュ家当主のエンシオディスさんの妹とは聞いていたが、あの人の雰囲気とはまた違ったものを彼女からは感じる。

 

 話のダシにするのは少々申し訳無いが、共通点であるヤエルさんのことを起点にして、エンヤさんの為人を探った方が良いだろう。

 

 そんな判断での話題のチョイスだったのだが……。

 

 

「ヤエルとはどのように知り合ったのですか?」

 

「普段は彼女とどんな会話を?」

 

「……それは聞いていない情報ですね。ヤエル?」

 

 

 何と言うか、思った以上に食いつきが良かった。

 ヤエルさんにとっても想定外だったのか、彼女も困惑の表情を浮かべており、時折チラチラとエンヤさんの方へ視線を向けていた。

 

 そうしてしばらくヤエルさんの話で盛り上がった後、エンヤさんは居住まいを正し、コホンと小さく咳をする。

 

 

「──失礼しました。少々話が逸れてしまいましたが、本題に入らせて頂きたく思います」

 

 

 その言葉に、俺も緩んでいた気を引き締める。

 緊張を孕んだ静寂の中、エンヤさんがゆっくりと口を開く。

 

 

「……巫女という立場上、本来は私的な感情や事情を優先する訳にはいきません。今日お呼びしたのも、公の場で出会った後では頼み辛い願いがあったためです」

 

「既にご存じかもしれませんが、私の妹──エンシアは『鉱石病』に感染しています」

 

「そちらは『鉱石病』に詳しい方々だと、ヤエルから聞いておりました」

 

「──どうか私の家族を、妹を、よろしくお願い致します」

 

 

 そう言って迷い無く、エンヤさんはこちらへと頭を下げた。

 

 

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