その内容自体は、特に驚くものでは無かった。
というのも『カランド山』に来る前の事前の話し合いで、テレジアから聞いていた情報と殆ど一致していたからである。
俺がアスベストスさんと山でのサバイバル訓練に行っている間に、テレジアはヤエルさんと出会い、情報の共有をしていたらしい。
こちら側が提供出来るモノと、あちら側が提供出来る情報の接点が、『鉱石病』であったことは幸いだったかもしれない。
当代の巫女には妹が居て、『鉱石病』に罹っている。
立場上、個人的な理由で動くことは無いとしても、『イェラグ』という国で以って対処に当たることには、異を唱えないはず。
テレジアのその分析は的中し、こうして此処に来ることになったのだが、私的に呼び出され、尚且つその対象が俺だったことは流石に予想外だった。
「返事をする前にお聞きしたいことがあります。……何故私に?」
「そうですね。このお願いをするのならば『ロドス製薬の関係者』と聞いている、テレジアという方が適任でしょう」
顔を上げたエンヤさんが淀みなく答え、そこで言葉を一度切った。
自身の横へと顔を向け、その視線は隣に立つヤエルさんへと向けられる。
ヤエルさんは目を伏せて微動だにしない。
「実はこちらのヤエルから貴方の事も多少聞いております。『ノア』の関係者かもしれない、と」
……ヤエルさんに『ノア』の事を話した記憶は無いんだけど?
いや、もしかしたら忘れているだけで会話の中で話題にしたことが有ったのかもしれないが、それでも俺との関わりについては口にしていないという自信が有る。
テレジアが話した可能性は……あの人は勝手に話したりしなさそうだし、ヤエルさんが推測したのかもしれないな。
どちらにせよ俺は今、エンヤさんの言葉に反応してしまった。
ここから取り繕ったり出来るほど器用ではない。
「…………『鉱石病を治すことが出来る』という噂は、ただの噂でしか無いですよ?」
「市井ではそう言われているそうですね。ですが、その真偽はさほど重要では無いのです」
エンヤさんの瞳は、真っ直ぐに俺を見つめている。
その視線に気圧されて、俺は思わず背を正した。
「私が特に何もせずとも、『イェラグ』と『ロドス製薬』は友好的な関係を結ぶことが出来るでしょう」
「この国の民を、そして私の家族を救う可能性は、多いに越したことはありません」
「それがオーナー、貴方をお呼び立てした理由です」
先程エンヤさんは「『ノア』の関係者かもしれない」と言っていたが、彼女の中では何か確信があるのだろう。
その声音には大きな力強さ、そしてその感情には確かな期待があった。
「善処します、とだけしか答えられませんが、それでも良いですか?」
「ええ、構いません。そしてここは公の場では無いのですから、その言葉に責任を持つ必要もありません」
何とかしてあげたいのは山々だが、『ノア』で俺自身がどう扱われるか分からない以上、確約をすることは出来ない。
そんな俺の心の葛藤を悟ったのか、エンヤさんはフォローの言葉を入れてくれた。
多少ではあるが、そう言って貰えると安心出来る部分がある。
でも実際の問題として、妹さんはどうしたらいいだろうか?
連れて行く、という選択肢は無い。
道中が未確定かつ現地でどうなるか分からないのに、その選択肢は危険が過ぎる。
無難なのはいろいろと片付けてから、妹さんに『ノア』に来てもらうか、もう一度俺が『イェラグ』に来るかだろうけど……。
考えなくてはいけないことが増えてしまった。頭が痛くなる。
「──それで、ご用件は妹さんのことだけで良かったでしょうか?」
「………………」
ゆっくり考えたいし、部屋に戻ろう。
そう思っての問い掛けだったのだが、エンヤさんは何か言いたげな顔で口を閉じてしまっている。
その視線は隣のヤエルさんへと何度か注がれていた。
「えーと、ヤエルさんが居ると話し辛いことなんですか?」
「……その、これは先程のお話よりもずっと、私情が挟まっているものですので……」
「巫女様。口外は致しませんのでどうぞご自由に」
この状況はもしかしたらヤエルさんにとっても想定していなかったことなのかもしれない。
エンヤさんが一体何を話すのか見当が付いていないのだろう。相変わらず目を伏せているが、その後ろで彼女の尻尾はゆらゆらと揺れていた。微かに好奇心の感情も感じる。
「……では、オーナー。正直にお答えください」
「はい」
「侍従長──ヤエルの事を、どう思っていますか?」
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「──ふぅ、何だか疲れましたね」
オーナーが部屋を去った後、遠ざかっていく足音を耳にしながら、エンヤはイスに深く腰掛けた。
当初の目的であったオーナーとの接触は、上々に終わったと見て良いだろう。
その後の質問に関しては、思っていたものとは違っていたが、これから考えを巡らす必要が無くなったと捉えれば、こちらも悪く無い結果と取れる。
その二つの事実を以って、エンヤの心は数日振りに晴れやかなものとなっている。
(いつもヤエルが楽しそうに話すものですから、『そういう関係』を疑ってしまいましたが……私の早とちりでしたか)
巫女となってから多くの時間を共に過ごしてきたエンヤにとって、ヤエルは頼れる友、あるいは姉のような存在に近い。
もしも悪い男に引っかかっているようであれば、私が何とかしなくては、という思いが彼女にはあった。
だが実際にオーナーと会い、言葉を交え、彼女のオーナーに対する評価は『良い人』に収まることになる。
それがあっての質問だったのだが、オーナーの返答はエンヤにとっては拍子抜けするものであった。
「すいません、ヤエル。私の勘違いで──」
聞いていたヤエルも、突然のことに困惑したことであろう。
そう考えて謝罪のために彼女の方へと向き、エンヤは驚くこととなった。
「……ヤエル、何か、その……不機嫌に見えますが、どうかしましたか?」
「……そう見える?」
僅かだが眉をひそめ、その尻尾は不機嫌そうに大きく揺れている。
コクリと頷くエンヤに、ヤエルは小さくため息を吐いた。
「さっきのオーナーの言葉だけど……私ってそんなに魅力が無いのかしら?」
「…………っ!」
『ヤエルさんはとても良い人だと思っています』
『博識で優しくて、何度もお世話になりました』
『……? いえ、もちろん恋愛感情は無いですよ』
質問と返答がいくつか有った中で、オーナーは確かにそう答えた。
そして今、その答えを聞いていたヤエルが不機嫌そうな表情を浮かべている。
実を言えばヤエルにとっては特別な感情も無く、恋愛対象として見られていないことに不満も何もない。
ただ単に今まで培ってきた美的感覚に合わせた容姿が、オーナーには評価されていないということに異を唱えたいだけである。
オーナーからすれば、現代の風潮として容姿に言及することが憚られただけで、ヤエルの事は美人と思っている。
その事情を、ヤエルもエンヤも知る由が無い。
エンヤからすればヤエルは、『オーナーから好意を向けられないことに不満を持っている』としか見えなかった。
「……ヤエル。オーナー達がこの蔓珠院に居る間、何度か会う時間を設けたいと思います」
「ええ、分かったわ」
その言葉に、巫女様も彼に興味を持ったのかしら? とヤエルは考えた。
元から相性は悪く無いと考えていたため、良い話し相手になってくれるだろう。
目論見が上手くいった事に、ヤエルは喜んだ。
その喜びの表情に、エンヤは『オーナーに会えることを喜んでいる』と、勘違いを重ねる。
(いつもはお世話になっている身です。今回は私が力を貸しましょう)
親しき者だからこそ、幸せになってもらいたい。
そんなエンヤの優しさが、今回ばかりは仇となる。
止められる者は、どこにも居なかった。