俺の計算が間違っていなければ、恐らく今日がこの『イェラグ』に来て60日目。
2ヶ月は長くは無いように思えるが、自分が全く知らない土地で過ごしたと考えると、この期間は相当長いと見て良いんじゃないだろうか?
社会人の時でさえ連休で県外、それも2泊3日くらいが最長だったことを踏まえれば、これは約20倍の長さになる。ダントツの新記録だ。
「……忘れ物は無いよな?」
長い時間を過ごしたこの宿泊施設とも今日でおさらばとなると、感慨深いものがある。
……よくよく考えると2ヶ月もの間、異性と同じ部屋で過ごしていたのか。
特に何も起きはしなかったし、かと言って何か期待していた訳でも無い。というかそんなことを考える余裕なんて本当に無かった。
人間、生きるのに精一杯だとそうもなる。
安心と安全って、自分が想像するよりもずっと、思考と行動に影響を与えるんだと肌で感じた日々だった。
「後でシルバーアッシュ家の人が取りに来るらしいから、待っててくれよ」
部屋に残っている唯一の物品──ノーシスさんから一月ほど前に貰った観葉植物の植木鉢へと目を向ける。
寂しげな気配を感じるが、お世話が必要なものを持っていけるほどの余裕は無い。
それにこれから向かう『シエスタ』は『イェラグ』とは気候がまるで違うとも聞いている。
仮に持って行っても、枯らしてしまう可能性の方が高いだろう。
どうしようか迷っていた時に引き取りを申し出てくれたエンシアには感謝しかない。
一通りの確認を済ませ、最後に部屋の扉へと手を掛けて──もう一度振り向いた。
訳も分からず、状況を理解することが最優先だった。
変わってしまった現実を受け止め、適応が必要だった。
例え結果が分からなくても、目的に向かう意志を持った。
「──悪い日々じゃ無かったな」
声に出して、本当にそう思った。
カランド山でエンヤさんと会った後は、それぞれの貴族の領地を訪問したり、十分な路銀を条件にノーシスさんの実験に協力したりと慌ただしい時間だったけど、思い返せば良い思い出になっている。
だからこそ、テレジアが言っていた事が心の奥に引っ掛かっているのだ。
『このイェラグは特殊よ。他の国や都市ではもっと…………その、見たくないモノがたくさんあるわ』
ゲームの時に見聞きした情報と、『イェラグ』の状況を比べて、そのテレジアの言葉はきっと本当のことなのだと何となく分かった。
この土地で過ごす、という選択肢が頭の中を過ったこともある。
それでも向かうことを決めたのに、大層な理由は無い。
この世界に来てしまったのが『ノア』のせいなら、戻れる可能性が『ノア』にはあるかもしれない、という淡い期待が一つ。
ゲームであったとはいえ多くの人々を『ノア』に乗せて誰かの人生に介入してしまったことへの、後ろめたい責任感が一つ。
ただそれだけのために、『ノア』へと向かうのだ。
「……行くか」
少し時間を掛け過ぎた。
テレジアとアスベストスさんも待ち侘びていることだろう。
部屋を出て、扉を閉める。
少し前から感じていた頭痛が、和らいだ気がした。
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『クルビア』のとある会社、とある研究室。
その人物が、他人の机に置かれたその資料に目を向けたのは、全くの偶然であった。
研究や実験の候補地の視察として職員達が向かったその先で、撮影された写真の数々。
研究部門が違うため、その写真が何に使用されるのかすら、その人物には分からない。
だが『彼女』は、その写真の一つを思わず手に取った。
そして端に写り込んでいた『ソレ』を、じっと凝視する。
「…………嘘」
零れたその内容とは裏腹に、その言葉には期待が満ち溢れていた。
≪Tips≫
ネームド: テレジア 177%
アスベストス 80%
ヤエル 110%
ノーシス 50%
スキウース 35%
ユカタン 35%
デーゲンブレヒャー 40%
アークトス 35%
ラタトス 25%
エンシオディス 35%
グロ 60%
エンヤ 50%
エンシア 40%