「──おう、ヴァレス。まだ居たのか?」
「あら、グロさん。お疲れ様」
ペイルロッシュ家の領主邸、その広間にて。
領主であるアークトスへの報告を終えたグロは、その帰路で壁際に佇んで何かを考えている同僚のヴァレスを見付け、声を掛ける。
呼び掛けられたヴァレスは思考を止めて、グロへとその顔を向けた。
「アークトス様は、何か言っていたかしら?」
「いや、特に何も。……ああ、でもオーナーの頼み事の件はぼやいてたな」
「……酒の席での油断とはいえ、まさかこんなことになるとは思いませんでしたわね」
テレジア、オーナー、アスベストスの三名はカランド山での数日間の滞在の後、巫女からの提案によって、イェラグの現況をよく知るために三大貴族の領地を見て回ることとなった。
その先駆けとしてペイルロッシュ家が選ばれ、つい先程、約一週間の視察を終えて次のブラウンテイル家へと向かったばかりである。
視察の間、テレジアは領主であるアークトスやその補佐のヴァレスと行動を共にすることが多かったが、オーナーとそのお目付け役を任されたアスベストスは、グロと行動を共にすることが多かった。
『テレジアの付き人』ということになっている二人は、穀物を主要産業としている領地を回り、感染者や非感染者の住民達と交流し、夜は酒飲みに付き合わされた。
「俺達と居る間はそんなに飲んじゃいなかったんだがな……」
連日連夜の飲みの席。
オーナー達を歓待する、というよりはそれにかこつけて自分達が飲みたかっただけなのだが、最終日にそれは領主であるアークトスの知るところとなる。
巫女からの提案ということもあり、断酒を以って真面目に対応していたアークトスは、最後の最後に我慢が出来ずその席へと加わることとなった。
『何だ、オーナーとやら! 全然飲んでいないでは無いか!』
『折角の良い酒だ。もっと飲まんか!』
『俺より飲めたら何か一つ望みを叶えてやらんでも無いぞ? ハッハッハ!』
時間が進み騒がしさを増していくその場に「付き合ってられっか」と、隙を見て早々に自室へと戻ったアスベストスは、翌朝隣のベッドですやすやと眠っているテレジアを見付けた。
そしてオーナーはといえば、ペイルロッシュ家の使用人達と一緒に、多くの人が床に転がる中で片付け作業を行っていた。
オーナーの一人勝ちである。
「これを機に自戒して下さるとありがたいのだけど……」
「大旦那も怒ってたし、暫くは旦那も大人しいだろ」
「グロさん、貴方も酔い潰れていた一人ですわよ」
ヴァレスの言葉に、グロは白々しくそっぽを向く。
その様子を見て、ヴァレスはこめかみに手を当てて大きな溜息を吐いた。
「『ユングフラウへの登頂の許可』。それも自分ではなくあのアスベストスという方のために願うなんて、オーナーは随分と他者想いの方なのね」
「……付き合いは短ぇが、オーナーはそういう奴だ」
その言葉に、ヴァレスは驚いた。
グロ将軍が好まないタイプの人間であるオーナーを、認めるような発言をしたからだ。
「力も無ぇし体力も無ぇが、心意気はちゃんとしてる」
「へぇ……」
今回は交流する機会に恵まれなかったが、あのグロ将軍がここまで言う人物ならば、一度ゆっくり話してみるのも良いかもしれない。
グロの様子を見て、ヴァレスは素直にそう思った。
そうして二言三言を交わした二人は、領主邸を後にするのだった。
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「……おい、オーナー。あの願いは何のつもりだ?」
「えーと、私は特に欲しいものとかは無かったので……普段のお礼、ですかね?」
「………………」
「まあでも実際に交易が行われるようになってから、という話になりましたし、アスベストスさんが何か気にする必要は──」
「借りは作らない主義って、あたし言ったよな?」
「……確かに、前に言ってましたね」
「何して欲しいか考えとけよ」
「えぇ……?」