箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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渦中 裏②/32ー60日目

 

 

 

「シルバーアッシュ家は十分な路銀と『炎国』までの経路を用意している」

 

「対価としてオーナーにはいくつかの実験と研究に協力して頂きたい」

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

「──はい、これが今日の分の報告よ」

 

 

 暖炉の薪がパチパチと音を鳴らす。

 シルバーアッシュ家が用意した客室で、テレジアはヤエルから数枚の紙を受け取った。

 

 その場で内容に目を通し、時折複雑そうな表情を浮かべながらも、紙を捲っていく。

 そうして最後まで読み終えたテレジアは、感謝の言葉と共にヤエルへとその紙を返却した。

 

 

「……思っていたより驚かないのね? 私はこれを見てそれなりに驚いたのだけれど……」

 

「この内のいくつかは、私が想定していたものと一致していたからよ」

 

 

 不思議そうに聞いてくるヤエルに対し、テレジアはそう返した。

 考えが一致していたと言うにも関わらず、その声音にはどこか陰りが見える。

 

 元々シルバーアッシュ領で生活をしていたテレジア達は、改めて領地を視察する理由が薄かった。

 そこで当主であるエンシオディスから提案されたのが、『オーナーによる実験への協力』だった。

 

 テレジアは反対を示し、アスベストスも難色を示したのだが、当の本人であるオーナーの鶴の一声によってその提案は呑まれることになる。

 

 

『テレジアさんにもアスベストスさんにもお世話になってばかりなので、自分に出来ることならぜひやりたいです!』

 

 

 その言葉と力強さに、止められる者は居なかった。

 

 ・実験内容と結果、本人の状態を毎日報告すること。

 ・信頼出来る人物を、その実験に同行させること。

 ・本人が嫌がること、傷付けるようなことはしないこと

 

 その他いくつかの条件を伴って、オーナーはノーシスという男に付いて行った。

 

 

『ペイルロッシュ領でもブラウンテイル領でも、テレジアさんが働き詰めだったので休んで欲しいです。……アスベストスさん、同行をお願いしても良いですか? もしあれならお願い事の権利を……』

 

 

 善意しかないその言葉に、テレジアは従うしか無かった。

 アスベストスは「その程度の事に権利使ってんじゃねぇ」と言って、同行を了承した。

 

 それから数日が経ち、今のところは何事も問題は起きていない。

 

 

「オーナーの様子はどうかしら?」

 

「ええ、元気そうよ。エンシアと楽しそうに話していたわ」

 

「……そう」

 

 

 実験に当たって、エンシオディスの方からもお目付け役として人員が派遣された。

 

 エンシア・シルバーアッシュ。

 当主であるエンシオディスの妹であり、巫女であるエンヤの妹でもある。

 

 兄姉二人とはまた異なった明るい性格の彼女は、その持ち前の気性と探検家──クライマーとしての側面を以って、短期間でオーナーとアスベストスの信頼を勝ち取っている。

 初対面の印象が『寒そう』『うるせぇ』だったことを考えれば、異例のスピードと言って良いだろう。

 

 

「ところでテレジア、その本の山は何かしら?」

 

 

 テーブルに置かれた本の山を、ヤエルは気になって見た。

 哲学書や歴史書、文学書などお堅い本に混じって、明らかに装丁の違うものが混じっている。

 

 視線に気付いたテレジアは、その本──カタログのようなものを手に取った。

 

 

「ブラウンテイル領の視察の間、オーナーはスキウースさん達と行動を共にしていたでしょう? 彼女が『折角だから友好の証として何か贈り物をしたい』って言ったらしいのだけれど……」

 

「もしかして『テレジアさんが欲しいものにしましょう』とでも言われた?」

 

「その通りよ」

 

 

 ブラウンテイル領は毛皮や衣服等を主要産業にしてきたということもあり、装飾品の類も扱っている。

 オーナーとしては『ペイルロッシュ家ではアスベストスさんだったから、ブラウンテイル家ではテレジアさん』というくらいの、平等の精神から来るものだったのだが、受け取り側としては悩ましいところだ。

 

 テレジアもアスベストスもオーナーに対して感謝はしているが、それと同時に『もっとオーナーは自分自身を優先するべき』という考えで一致している。

 そう思い、言葉でさり気なく促していたりもするのだが、その成果は今のところ芳しくない。

 

 

「愛されているのね。ちょっと羨ましいわ」

 

「…………」

 

 

 ヤエルの揶揄うような軽口に、テレジアは押し黙った。

 「……きっと、そうでは無いわ」と言葉を漏らし、それに続ける。

 

 

「オーナーの行為や言動は、彼の葛藤から生まれたものだと思っているわ」

 

「彼は悪性の全く無い人なんかじゃない。良いことも悪いことも思い付いて、その上で良いことを選び取るように心がけている」

 

「この贈り物だって、『自分だけが得をするのは忍びない』という心の表れよ」

 

「『良い人でありたい』が、オーナーの根底に有る。だから、私を好いているなんてことは……無いの」

 

 

 噛み締めるように紡がれた言葉。

 それを聞きながら、ヤエルはテレジアの表情を見ていた。

 長い間、とても長い間、『イェラグ』で人々を見守ってきた彼女だからこそ分かる、微細な感情。

 

 その事実を受け入れつつも、テレジアは様々な感情を抱いている。

 

 心配。不満。諦め。喜び。納得。期待。

 

 そして──愛情。

 

 

「……似た者同士なのね」

 

「…………?」

 

「何でも無いわ。──また明日」

 

 

 そう言ってヤエルは微笑み、部屋を出て行った。

 テレジアは自分の言葉を、考えを、確認するようにしばらくの間反芻する。

 

 そして椅子に座り直し、続きを読むために本を手に取ったが、その手が進むことは無かった。

 

 





≪Tips≫

『実験及び研究報告』

種族:エルフと推定
伝承や記録と大きな差異有り。要検証。

源石融合率:0%
血液中源石密度:0.00u/L
血中に源石成分らしきものを確認。しかし検査では数値の変動無し。
変性・変質・変異の可能性有り。要検証。

特記事項

正体不明のエネルギーを保有と推定
上記エネルギーを別エネルギーに変換が可能

動植物に対し『サンクタ』の共感に近いものを確認
『サンクタ』の協力者が居ないため検証は保留

実験や会話の中で、本人に覚えの無い知識が有ることが判明
専門的な知識と見られるが、文献に無い情報も有るため真偽不明

毒物や医薬品の影響が無いことを確認
正確には症状や効果が、極短時間で消失
ただしアーツの影響は受けることを確認



更なる実験と研究のために逗留の延長要請を推奨
──エンシオディスにより却下済み
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