「アスベストス達とも一旦お別れだね。寂しくなるなー」
『トゥリクム』行きの列車を待つ人々から外れた場所に、アスベストスとエンシアは佇んでいた。
主にエンシアが様々なことを話しては、アスベストスは時折相槌を返すだけなのだが、二人の間に流れる雰囲気は悪いものではない。
話の途中で、エンシアはふと気付いたかのように辺りを見回した。
「あれ? オーナーとテレジアは?」
「オーナーならあそこだ。テレジアは……そう言えば見当たらねぇな。……まぁアイツなら問題無ぇだろ」
アスベストスが指で示した方向には、売店のようなものが設営されていた。
そこに並べられた木片──おそらく『イェラグ』のお土産──を、オーナーは熱心に眺めている。
小さく呟かれた「危ない……木刀なら即決してた」という言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「……ちゃんと戻って来てね?」
「ユングフラウに登りたいからか?」
「それは……少しあるけど、それだけじゃないよ!」
茶化されたことに声音を強くしながら、エンシアは抗議した。
この約一週間、オーナーやアスベストスと共に過ごす時間が多かったエンシアは、多少の事情を把握している。
その中には『ペイルロッシュ家に対する、ユングフラウへの登頂許可のお願い』も含まれていた。
登山の専門家であるエンシアは、ユングフラウへの登頂申請を何度も行っている。
しかしシルバーアッシュ家の者という肩書も有って、ペイルロッシュ家は頑として許可を出していない。
オーナー達と仲良くなっておけばもしかしたら、というちょっとした期待が、彼女の中には確かにあった。
だが今では、単純に新しく出来た友人達との再会を楽しみにしているという気持ちの方が圧倒的に強い。
それが分かるからこそ、アスベストスは気恥ずかしくなって茶化したのだ。
「……ちっ」
その舌打ちは不満から出たものでは無かった。
ここ最近、自分らしくないことをしてばっかりだ、と思いながら、彼女は晴れた空を見上げる。
思い出すのは、数日前に聞かされた、オーナーからの『して欲しいこと』。
『もし良ければ、ノアまで着いて来てくれませんか?』
真意を問いただせば『テレジアさんと二人っきりはお互いに必要以上に気を遣う』と、オーナーは答えた。
「あたしには気を遣わなくて良いってか?」という言葉は、寸でのところで吞み込んだ。
その言葉は、あまりにも『らしくない』と気付いたからだ。
(シエスタの後はサルゴンの密林にでも行くつもりだったが……予定が狂っちまったな。面倒くせぇ……)
心の中で、アスベストスはそう愚痴を零す。
その割にその表情が、満更でも無さそうであることに、彼女自身を含めて気付く者は居なかった。
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「──急に呼び出してごめんなさいね? 暫しのお別れの前に、何と言うか……老婆心が出てしまったのよ」
「この『イェラグ』に住む人々、そしてこの『イェラグ』という地に、新たな可能性の種を持ってきてくれたこと、本当に感謝しているわ」
「私は貴女達がこの先も様々な事を乗り越え、またこの地に訪れてくれることを、切に願っているの」
「だからこそ、これは決して意地悪とかでは無くて、焚き付けのようなものだと思ってね?」
「人は、綺麗な部分も汚い部分も、両方持ち合わせてこそ人足り得るのだから」
「──テレジア、貴女はオーナーの本名を知ってるかしら?」
「初めて会った時、私は教えて貰ったわよ」
「……貴女、そんな顔も出来るのね」
≪Tips≫
ネームド: テレジア 180%