「あれが『シエスタ』……」
イェラグを出発して早数日。
移動艦の部屋の窓からは立ち並ぶビルの数々と、その隣の大きな火山が見えた。
周りを水で囲まれ、澄んだ青色の中に浮かぶ都市は、『観光都市』と呼ばれるのも納得の様相である。
ちなみに海みたいに広大だけど、聞いた話では実は海ではなく湖らしい。こんな大きい湖は初めて見るな……。
「今日中には到着しそうだし、先に準備しておくか」
そう荷物が多い訳でも無いが、かと言ってやることも無いので片付けを開始する。
それは決して、ワクワクしているとかの明るい感情から来るものではない。むしろ俺は、早くこの艦から降りたいくらいなのだから。
この移動艦には、俺はもちろんテレジアやアスベストスさんも乗艦しているが、何も俺達専用という訳ではない。
むしろイェラグから乗艦した俺達の方がオマケに近く、元々はクルビア・カジミエーシュ・ヴィクトリア・シエスタの間を巡行していたらしい。
近年になってそこにイェラグが加わり、巡行のルートに急遽組み込まれたとのことで、立ち寄る頻度もまだまだ少ないのだとか。
だからこそイェラグから乗艦する人達は、周りから興味を持った視線で見られることになる。
大抵は『何処に行くのだろう?』という好奇心の視線で済むが、そうではないものが有った。
考えてみれば男性一人と女性二人の集団なのだから、注目されること自体はおかしくないのかもしれない。
でも、向けられたあの感情と、悪意の無いあの言葉には正直腹が立った。
イェラグでは受けた覚えの無いものだったから、尚更そう思ってしまったのかもしれない。
「オーナー、気持ちは嬉しいけど気にしないで。私は大丈夫だから、ね?」
「言われ慣れてるからな、いちいち何も思わねぇよ。……何でお前がそんな面すんだよ」
俺の精神状態を察したのか二人から声を掛けられ、思ったことを正直に話したところ、二人からはそんな言葉が返された。
別室の二人は、この移動の間なるべく部屋から出ないようにしている。
それが無用なトラブルを避けるためであり、一緒に居る『非感染者』の俺に迷惑がかからないようにするためだということを、俺は知っている。
『どの都市でも感染者は迫害される』
『感染者と非感染者は別の生き物のように扱われる』
『非感染者は感染者を、感染者は非感染者を、まるで敵のように見る』
ゲームをやっていた時のテキストだったか、住民達の会話の一部だったか、それともイェラグで働いていた時の工場の皆との雑談の中でだったか。
何処で聞いたのかもはっきりと覚えていないけれど、これが本当だということが、実際に体験してようやく分かった。
しかも多分、俺が経験したのは比較的優しい方なのだという確信もある。
……これ以上となるときっと、直接的なものになるんだろうな。想像しただけで嫌になる。
「……ノアの住民って、本当に喜んでくれてたのかもな」
喜びの声や感謝の言葉。
ゲームの演出でそうなっているだけかと思っていたけれど、この背景を少しでも知ると見方が変わってしまう。
……でもそうだとすると、今の『ノア』の状況によっては、逆に恨まれている可能性すらあるかもしれない。
あの生活を続けられていれば良いんだけど、俺がこの世界に来たことでそれが送れなくなっていたら……。
──よし、悪い方向にしか考えが行かないから一旦辞めにしよう! どうせ行けば分かるんだから!
…………はぁ、気が重い。
正直に言うと少しだけ、ほんの少しだけ、逃げ出したくなってきた。
悪い方向も良い方向も、どちらに転んでも責任が重過ぎるよ……。
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「──アスベストスさん、どうでしたか?」
「確認したけど炎国への直通は無ぇな。時期が悪い。最低でもラテラーノ・リターニア・シラクーザのどれかを経由することになる」
「ごめんなさい、ラテラーノは難しいわ。その、サルカズの私が居るから……」
「謝らないで下さい、テレジアさん。……一番早いのだと何時ですか?」
「十日後だ」
「それならまだ時間もありますし、ゆっくり考えませんか? もしかしたら他の移動方法が見つかるかもしれませんし……」
「……そうね。今日のところは早めに宿泊先に向かいましょうか」
「へぇ……あの人、僕と『似てる』」
「……お話、してみたいな」
「君は非感染者だろう? もしかして彼女達に脅されているのか?」
「事情があるのかもしれないけど、感染者と一緒に居るのは辞めた方が良いわよ」
「すまないが少し離れてくれ。君、感染者と一緒に居た奴だろ?」
「……何だよ、非感染者様が俺に何か用でもあんのか? あ?」