箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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水面下/69日目

 

 

 シエスタの一角。

 砂浜近くに設置された、観光客に休憩場所として利用されているスペースに、テレジアとアスベストスは居た。

 

 テーブルを囲む三脚のイスの二つは彼女達が使用しており、残りの一つを使用していた人物──モスティマは、既に席を立ってどこかへと行ってしまっている。

 

 

『教皇庁からは、先に見付けて誘致するように言われてる』

 

『でもオーナーには、同僚を助けて貰った恩があるからね』

 

『……シエスタには居なかった、って報告しても良い』

 

 

 先程まで話し合っていた内容を、テレジアは吟味する。

 

 同じく話を聞いていたアスベストスは、背もたれに身体を預け、両手を頭の後ろで組んで空を見上げていた。

 複雑な事情が絡み合った状況に、完全で無いとはいえ部外者に近い彼女は、ある一点だけを気にしながらも、自身よりそういった事が得意な隣のテレジアに判断を任せる腹積もりなのだろう。

 横目でテレジアの様子を気にしつつ、彼女の口が開くのを待ち続けている。

 

 

『見返り? うーん……ノアの後でもいいから、ラテラーノに一度来て欲しいとは思っているけれど……』

 

『わざわざ取り決めをしなくても、私が知っているオーナーなら気軽に了承してくれるだろうから、その必要は無いかな』

 

『ああ、でも折角だから会ってお話はしたいね。私の同僚も直接お礼が言いたいって言ってる。それに……ノアから来た子も居るんだ』

 

 

 イェラグに居た頃やシエスタへの移動途中など、テレジアはオーナーと、ノアの事について何度か話したことが有る。

 その中には、ノアにおける主要人物の名前なども有った。

 

 モスティマ、という名前は確かにオーナーの口から出て来た名前の一つだ。

 オーナーからの情報や彼の認識に間違いが無ければ、他に挙げられていたレミュアンとフィアメッタという者達も一緒に来ている可能性が高い。

 

 

(シエスタに来てまだ数日……。運が悪いわね……)

 

 

 オーナーは今日はホテルで休んでいる。だとすれば見付けたのは昨日か一昨日か……。

 いずれにせよ、このシエスタの地を踏んで直ぐのことだったに違いない。

 そして今日になって接触を図ってきたということは、ある程度の想定やその準備も済んでいる可能性が高い。

 

 ──そこまで考えて、テレジアは気付いた。

 

 

(……私は、今)

 

 

 『運が悪い』と、何故そう思ったのだろう? 

 

 ノアの関係者に早々に出会うことが出来た。

 これでノアの現況を知ることが出来るし、戻るまでの大きな手助けとなってくれることも間違いない。

 考えれば考えるほど、この邂逅はオーナーにとってプラスでしかない。

 

 

 ……私にとっては? 

 

 

 突如として湧き出した疑問に、感情が止まらない

 

 それでは、まるで私が、オーナーを────。

 

 

「──テレジア、どうした? 顔色が悪ぃぞ?」

 

「……大丈夫よ、アスベストス。ええ、本当に大丈夫だから……」

 

 

 沼のような深みに落ちて行きそうだった彼女の意識は、アスベストスの声によって引き戻された。

 

 言葉とは裏腹に、テレジアの表情は芳しくない。

 深呼吸をしたテレジアは、アスベストスが尚も心配の言葉を続ける前に、声を発した。

 

 

「まずはホテルに戻りましょう。可能性は低いけれど、私達が話している間にオーナーと接触していることも考えられるから……」

 

「……まあ、そうするしかねーよな」

 

「それと状況を話して、オーナー自身の意見も聞かなくちゃいけないわね」

 

「はぁ……イェラグの時もアレコレあったけどよ、それに比べりゃシエスタは忙し過ぎだな」

 

 

 愚痴を言うように溜息を吐くアスベストスの言葉に、テレジアは心の中で同意した。

 不安や恐怖はあったけれども、暖かく穏やかで……幸せな日々だったのだと、彼女は認めざるを得ない。

 

 

(思い返せば、まるで夢のような日々だったのね)

 

(……でも、もう現実を見る時間だわ)

 

 

 不意に立ち止まったテレジアに、遅れて気付いたアスベストスは振り返った。

 

 

「アスベストス、先にホテルに行ってもらっていいかしら?」

 

「……ちゃんと、戻って来いよ。オーナーの相手は一人だと疲れるからな」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 何かを決意したかのようなテレジアの表情に、アスベストスは余計な質問をしなかった。

 微笑むテレジアを置いて、アスベストスが遠ざかっていく。

 

 

「さて、と……」

 

 

 進路を変え、通りを歩き、そして自然な様子でビルとビルの隙間……裏路地へと、テレジアは足を踏み入れる。

 

 そしてビルの壁に背を向けて、待つこと数分。

 彼女が入ってきた裏路地の入口と進行方向の裏路地の出口、その双方に人影が現れる。

 

 彼女は左右から現れたその人物の顔を確認し、懐かしそうに目を細めた。

 そのテレジアの佇まいと気配に──AceとScoutの両名は息を呑む。

 

 

「──二人とも元気そうで何よりだわ」

 

 

 その一言だけで、その声音だけで、彼等の疑念は払拭される。

 彼等の思考は、この時一致した。

 

 

 『このテレジアは本物だ』と。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──お疲れ様。今、ちょっと良いかしら?」

 

「む、フィアメッタ殿? 拙僧は大丈夫でござるが……何か起きましたか?」

 

「…………さっきモスティマから連絡があってね、確認がちゃんと取れたから、あなたに教えに来たのよ」

 

「ふむ……?」

 

「とりあえず、落ち着いて最後まで聞きなさい」

 

 

 

「──オーナー、見つかったわよ」

 

 

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