箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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待望/69日目

 

 

「────ん……?」

 

 

 プレイしていたゲームが一段落し、休憩か別のゲームに手を出すかを迷っていたその時、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

 ふと思い出すのは、イェラグに滞在していた時のこと。

 ヤエルさんと初めて出会った時も、今のように部屋に一人で居た状況だった。

 

 あの頃と違うのは、今回は不法入国などでは無いということ。

 もちろんテレジアかアスベストスさんが帰ってきた可能性も有るので、返事をすることに恐怖も躊躇いも無い。

 

 

『お客様、ルームサービスのご利用はいかがでしょうか?』

 

 

 俺の少し大きめの返答に対し、扉越しに返ってきたのは知らない女性の声だった。

 おそらくはホテルの従業員で、内容から察するにサービスの一環か何かなのだろう。

 

 ルームサービスってこちらから電話とかで頼むのが普通で、わざわざ部屋を訪ねたりはしないと思うのだけど、こういうサービスの場合もあるのか……。

 何せお高いホテルに泊まったことの無い身だ。どの程度のホテルならこのくらいのサービス、なんてものは知っているはずも無い。

 

 

(時間は……お昼にはまだ早いし、今は必要無いか)

 

 

 ベッドから立ち上がり、扉の方へと歩いて行く。

 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」と、扉に向かって声を出してみたが、向こうからの返答は聞こえてこない。

 疑問に思いながら少し待つが、それでも何も声を発してこないので、俺は扉のドアスコープを覗いてみることにした。

 

 そこに見えたのは、やはり知らない女性。

 ただ、その顔は恐ろしく綺麗に整っており、一瞬モデルか何かかと見紛うほどだった。

 

 そして何より気になったのは、何度かエントランスで見かけた、従業員のような制服を身に纏っていないこと。

 

 はい、明らかに怪しい。間違いなく外部の人だ。

 でも扉の前から動いてくれないし、返事をしてしまったから、俺がこの部屋の中に居ることも知られてしまっている。

 

 強硬手段として部屋に押し入られたら、成す術が無い。

 どうしたものかと考える中で、小さな違和感に俺は気付いた。

 

 

(……何だ? 何かが変だけど、分からない……)

 

 

 思ったよりも冷静で居られるのは何でだろう? 

 ええと、普段ならこういう時は──。

 

 

『──あのっ、えっと……あなたの名前は、オーナーで合ってるかしら……?』

 

『あたし、あなたを探してこのシエスタまでやって来たのっ』

 

『どうしても会いたかったから従業員のフリをしちゃったけど、あなたに危害を加えるつもりは無いわ』

 

『……お願い』

 

『同じ種族の人をずっと、ずぅっと探してたの……』

 

『あなたと、お話をさせて……?』

 

 

 俺の思考を遮るように、その言葉達は矢継ぎ早に続いた。

 そこまでしてようやく、俺は違和感の正体に気付く。

 

 

(……『共感』が発動してない)

 

 

 声音は震えているようだった。

 でもその震えが、何に起因しているのかが感じ取れない。

 

 今までこの力に頼っていたせいなのか、どう対応すればより良いかが瞬時に判断出来ないのは、この場では致命的だ。

 『共感』が発動しない理由を考えても仕方無いが、『同種族だから発動しない』というのも、可能性としては十分有り得る。

 

 

(ど、どうすれば……)

 

 

 この扉を開けるか、開けないか。

 

 脳裏に浮かんだのは、ノーシスさんとの実験の日々の中で知った、とある情報。

 

 

『エルフは源石に対する耐性が無く、生存例が殆ど残っていない』

 

 

 俺は例外個体の可能性が極めて高いらしいが、その情報が本当なら、扉の前のこの女性の言葉は信憑性が増す。

 ……そして、鉱石病の感染リスクを負ってまでここに辿り着いた、ということにもなる。

 

 全てが本当なら、それはどれほどの覚悟なのだろう。

 

 

(……チェーンは掛けて、後は『アレ』で確認もしないと)

 

 

 扉から一度離れて、部屋に飾られていたとある物を手に取る。

 ……『共感』が発動しないせいで、嘘を吐いているかどうかも不明だが、これで少なくともエルフかどうかは分かるはずだ。

 

 扉の前に戻り、深呼吸を一つ。

 

 そして意を決した俺は、扉のロックを解除した。

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 分身と意識を共有しながら、ミュルジスは自責の念に駆られていた。

 

 事前の想定も予め考えていた対応やその言葉も、希望という可能性を前に正しく機能することは無かった。

 

 代わりに溢れ出たのは、話すつもりが無かった彼女の本音の部分。

 それすらも届いてはくれないのか、オーナーからの声は返ってこない。

 

 ……幸いにも、ホテルに居るのは分身だ。扉の隙間から潜り込ませることは不可能じゃない。

 怖がらせてしまうかもしれないが、このチャンスを逃す訳にはいかない。

 

 

「あっ……」

 

 

 そう考えて彼女が行動に移す前に、目の前の扉から電子音が鳴った。

 次いでゆっくりと扉は開いていき、繋がれていたチェーンによって途中で止まる。

 

 隙間は少しで、オーナーの顔さえ見えない。

 だがその隙間から、ミュルジスへと差し出されるものがあった。

 

 

「……花?」

 

 

 小さな花器に生けられたそれは、部屋のインテリアの一つ。

 そして、これが差し出される意味は。

 

 

「……試すようですみません」

 

「本当に同じ種族なら……『この子』の事が分かりますか?」

 

 

 それは彼女が──ミュルジスが、他人に対して何度も試し、同じ数だけ失意と孤独を味わったもの。

 

 そしてきっと、その失意と孤独の連続に終止符を打つもの。

 

 

「────ええ、もちろんっ!」

 

 

 筆舌に尽くし難い感動が、彼女の全身を駆け巡っていた。

 

 

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