箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

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誠/69日目

 

 

 ミュルジスに手を引かれながら移動し、エレベーターに乗る。

 彼女は終始笑顔で嬉しそうにしており、手を繋がなくても大丈夫です、の一言を俺は言えずにいた。

 

 手の平から伝わってくる感触は人のソレと違いはないが、やけにひんやりとしているという印象が強い。

 ジッと繋がれた手を見つめる俺に気付いたのか、ミュルジスがこちらを振り向く。

 

 

「さっきも言ったけれど、大丈夫よ。あたしの感染を心配する必要は無いわ」

 

 

 そう言って、彼女は再びエレベーターの扉側へと向き直った。

 早く到着しないかと、そわそわしているのが分かる。

 

 うん、そういう意味で見つめていた訳では無いんだけど……。

 何と言うか、離してくれそうな雰囲気では無い。

 

 振り解こうにも、引っ張られている時に力の差は理解してしまった。

 イェラグからシエスタまで様々な人と関わる機会が有ったけれど、単純な腕力に関しては全戦全敗。

 出会った中では力の弱そうなミュルジスにさえ負けたのは、かなりショックである。

 

 ……まさかこの世界の子供にまで負けたりしないよな? そうなったら寝込む自信が有るぞ。

 

 そんなことを考えている内に、エレベーターは一階に到着した。

 

 

「……あたしがフロントに行くのはちょっと不味いわね」

 

「同じ宿泊客である可能性も考えていましたけど、やっぱり勝手に入って来たんですね」

 

「だって、あなたに会いたかったから……」

 

 

 ……俺は彼女と関係ありません、と言うには遅い気もする。

 不法侵入とその片棒……いや、この世界にも同じような刑法があるのかは知らないけど。

 詭弁かもしれないが、ミュルジスは部屋に入って無いし宿泊もしていないから、ホテルの安全防犯上の違反くらいで済んでくれると助かる。

 

 …………あー、これ、久し振りだ。こんなにハッキリとしてるのは、ノーシスさんとの実験以来か? 

 

 元の世界の刑法とかなんて知らないのに、考えていたらいくつかの内容が脳内に浮かんできた。

 たまに便利だけど、これが何で起きてるどんな現象なのか未だに分からないんだよな……。

 

 

「オーナー?」

 

「……カードキーの事、話してきますね」

 

 

 まあ、ただでさえいろいろと考えなければいけない状況だ。余計なことを考えている余裕は今の俺には無い。

 名残惜しそうに手を離してくれたミュルジスを置いて、俺はフロントの方へと足を進める。

 

 

(エントランスに誰か────?)

 

 

 一階のフロントの正面には、大きなエントランス──ホテルの玄関がある。

 そのガラス張りの向こうが騒がしかったので目を向けると、そこには驚きの光景があった。

 

 

(え? ミュルジス……?)

 

 

 車から慌てた様子で飛び出す人影は、つい先ほどまで手を握っていた彼女と瓜二つだ。

 

 何故、一瞬の内に外に居るのか? 

 

 いや、それよりも……! 

 

 

「────い゛っ!?」

 

 

 突如として溢れ出てきた様々な『感情』。

 イェラグの工場で経験したソレと感覚は似てはいるが、規模が違った。

 

 頭を抱え、思わず彼女から視線を外し、そこでもう一つの光景に気付く。

 外にはまだ、見知った人影があった。

 

 目を丸くし、こちらへと駆け出そうとしている影は、アスベストスさん。

 その口は大きく開かれ、痛む頭にその声は確かに届いた。

 

 

「オーナー!」

 

 

 そして、その言葉に。

 アスベストスさんの正面に立っていた人影が、こちらを向く。

 

 俺は、こちらを向いた彼女の事を知っている。

 知っているけど、あの雰囲気は俺が知っているモノとは異なっている。

 

 

(……サガ?)

 

 

 その瞳は爛々と輝き、どこか妖しさを孕んで────。

 

 

 

 

 

 そこで、俺の意識はぷっつりと途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 ────────

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 分身だけじゃ物足りない。

 

 私自身でようやく会える。

 

 そうだ、お昼の時間も近いし、二人で何処かに食事に行くのも良い。

 

 そんな期待を胸に、あたしはあなたを見ているのに。

 

 ──ねぇ、どうして目を逸らしたの? 

 

 

 

 

 

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 ────────

 

 

 

 

 

 欲も迷いも、抑えられなかった。

 

 ずっと聞きたかった名前が聞こえて、想いが溢れ出したのが分かった。

 

 感情は行動に現れ、聡い者はそれを感じ取る。

 

 オーナーが倒れる瞬間、その瞳には恐れがあった。

 

 ……拙僧は未熟者だ。合わせる顔が無い。

 

 

 

 

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