ミュルジスに手を引かれながら移動し、エレベーターに乗る。
彼女は終始笑顔で嬉しそうにしており、手を繋がなくても大丈夫です、の一言を俺は言えずにいた。
手の平から伝わってくる感触は人のソレと違いはないが、やけにひんやりとしているという印象が強い。
ジッと繋がれた手を見つめる俺に気付いたのか、ミュルジスがこちらを振り向く。
「さっきも言ったけれど、大丈夫よ。あたしの感染を心配する必要は無いわ」
そう言って、彼女は再びエレベーターの扉側へと向き直った。
早く到着しないかと、そわそわしているのが分かる。
うん、そういう意味で見つめていた訳では無いんだけど……。
何と言うか、離してくれそうな雰囲気では無い。
振り解こうにも、引っ張られている時に力の差は理解してしまった。
イェラグからシエスタまで様々な人と関わる機会が有ったけれど、単純な腕力に関しては全戦全敗。
出会った中では力の弱そうなミュルジスにさえ負けたのは、かなりショックである。
……まさかこの世界の子供にまで負けたりしないよな? そうなったら寝込む自信が有るぞ。
そんなことを考えている内に、エレベーターは一階に到着した。
「……あたしがフロントに行くのはちょっと不味いわね」
「同じ宿泊客である可能性も考えていましたけど、やっぱり勝手に入って来たんですね」
「だって、あなたに会いたかったから……」
……俺は彼女と関係ありません、と言うには遅い気もする。
不法侵入とその片棒……いや、この世界にも同じような刑法があるのかは知らないけど。
詭弁かもしれないが、ミュルジスは部屋に入って無いし宿泊もしていないから、ホテルの安全防犯上の違反くらいで済んでくれると助かる。
…………あー、これ、久し振りだ。こんなにハッキリとしてるのは、ノーシスさんとの実験以来か?
元の世界の刑法とかなんて知らないのに、考えていたらいくつかの内容が脳内に浮かんできた。
たまに便利だけど、これが何で起きてるどんな現象なのか未だに分からないんだよな……。
「オーナー?」
「……カードキーの事、話してきますね」
まあ、ただでさえいろいろと考えなければいけない状況だ。余計なことを考えている余裕は今の俺には無い。
名残惜しそうに手を離してくれたミュルジスを置いて、俺はフロントの方へと足を進める。
(エントランスに誰か────?)
一階のフロントの正面には、大きなエントランス──ホテルの玄関がある。
そのガラス張りの向こうが騒がしかったので目を向けると、そこには驚きの光景があった。
(え? ミュルジス……?)
車から慌てた様子で飛び出す人影は、つい先ほどまで手を握っていた彼女と瓜二つだ。
何故、一瞬の内に外に居るのか?
いや、それよりも……!
「────い゛っ!?」
突如として溢れ出てきた様々な『感情』。
イェラグの工場で経験したソレと感覚は似てはいるが、規模が違った。
頭を抱え、思わず彼女から視線を外し、そこでもう一つの光景に気付く。
外にはまだ、見知った人影があった。
目を丸くし、こちらへと駆け出そうとしている影は、アスベストスさん。
その口は大きく開かれ、痛む頭にその声は確かに届いた。
「オーナー!」
そして、その言葉に。
アスベストスさんの正面に立っていた人影が、こちらを向く。
俺は、こちらを向いた彼女の事を知っている。
知っているけど、あの雰囲気は俺が知っているモノとは異なっている。
(……サガ?)
その瞳は爛々と輝き、どこか妖しさを孕んで────。
そこで、俺の意識はぷっつりと途絶えてしまった。
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分身だけじゃ物足りない。
私自身でようやく会える。
そうだ、お昼の時間も近いし、二人で何処かに食事に行くのも良い。
そんな期待を胸に、あたしはあなたを見ているのに。
──ねぇ、どうして目を逸らしたの?
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欲も迷いも、抑えられなかった。
ずっと聞きたかった名前が聞こえて、想いが溢れ出したのが分かった。
感情は行動に現れ、聡い者はそれを感じ取る。
オーナーが倒れる瞬間、その瞳には恐れがあった。
……拙僧は未熟者だ。合わせる顔が無い。