箱庭ゲーム『生息演算』   作:キノント

93 / 142


 

 

 けたたましい目覚ましの音で、俺は跳び起きた。

 慌ててその音を止め、表示された時刻を見れば、あと数分で家を出なければ遅刻が確定することが分かった。

 

 シャワーを浴びる暇も飯を食う余裕も無い。

 クローゼットからスーツを取り出して素早く着替え、『俺の家には無いはずの大きな姿見』の前に立つ。

 

 

(…………あれ?)

 

 

 姿見に、俺の姿は映っていなかった。

 代わりにそこに居たのは、柔和な雰囲気を携えた黒目黒髪の青年。

 

 その青年の髪と瞳の色が変わっていく。

 

 

『こっちだよ。こっち』

 

 

 状況を飲み込めないまま固まる俺は、姿見から伸びてきた腕に反応出来ず、強い力で引っ張られた。

 

 転んでしまわないように踏み出した足が、家の床では無く真っ白な雪を踏む。

 

 

(さ、寒いっ……?)

 

 

 身が凍るような寒さが襲いかかり、一瞬の内に掻き消えた。

 よく見れば足元に雪なんて無い。広がっているのは少し汚れた木の床だけだ。

 

 

『飯、出来たぞ。早く座れ』

 

 

 聞き慣れたぶっきらぼうな声に従って、近くにあったテーブルへと向かう。

 椅子に座って正面を向けば、誰も居なかったはずのそこに、誰かが居た。

 

 龍のような尾をゆらゆらと動かしながら、その人物は俺の方をジッと見据え、どこか楽しそうに微笑んでいる。

 

 

『あら、どうかしたかしら?』

 

 

 身体の内側まで探られているかのようなその視線に、俺は思わずテーブルの上へと視線を外す。

 

 テーブルの上には、様々な駒があった。

 生物のような駒もあれば、それ以外の駒も有る。

 

 犬。狐。猫。熊。鹿。兎。鳥。龍。蜥蜴。海月。山羊。天使。悪魔。

 どういう訳か、雪山のような駒や樹木のような駒まであった。

 

 そして、中央には一際大きな駒が鎮座している。

 

 蜘蛛のような多脚を携えた、大きな立方体。

 

 俺は、この駒の名前を知っている。

 

 

(……『ノア』)

 

 

 駒から伸びた白い糸のような何かが、俺の胸元へと繋がっていた。

 

 ここに至って、俺はようやく気付く。

 俺は今、夢を見ているのだと。

 

 

(明晰夢、だっけ?)

 

 

 夢の中でこれは夢だと自覚して見る夢を、明晰夢と言うらしい。

 一説では明晰夢だと気付くことで、夢の内容をコントロールすることも可能だと言われているが、俺のコレはその予兆さえ見えやしない。

 

 

(どうせ見るなら────)

 

 

 ────家族の夢が見たかった。

 

 声も顔も、まだちゃんと覚えているが、これから先も忘れないという保証が何処にも無い。

 『良い相手はまだ居ないのか?』と急かして来る両親の声も、会う度にお小遣いをねだってくる妹の声も、今では懐かしさを感じてしまう。

 

 今のところ、夢が覚める気配は全くしない。

 ……こうなったら駄目で元元だ。

 家族の事を強く想って、俺の夢に出演してもらおうじゃないか。

 

 そうして、強く願う。

 夢の中だというのに目を閉じて、家族の顔を鮮明に思い浮かべる。

 

 これでもか、というくらいの祈りを込めた後、目を開いたそこには。

 

 

「…………テレジア?」

 

 

 思い詰めたような表情を浮かべたテレジアが、そこに居た。

 俺の声に驚いたのか目を丸くし、微笑みを浮かべてから煙のように消えていく。

 

 どうやらコントロールに失敗したようだ。

 

 よし、次こそは……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯りも点いていない部屋。

 一つだけ設置されたベッド、その上で規則正しい寝息を立てるオーナー。

 

 その横に設置された椅子に座っていたテレジアは、確かにオーナーのその声を聞いた。

 

 

「────テレ、ジア……」

 

 

 お互いの状況や情報を交換し、『ロドスに戻り自身が為すべきことを為す』と決意を新たにした彼女は、AceとScoutを連れて戻ったホテルで、驚愕することとなる。

 

 オーナーが倒れたことを知ったテレジアは、誰が見てもはっきりと分かるくらいに狼狽えた。

 それは彼女のそんな姿を目にしたことの無いAceやScoutが、驚く暇も無く落ち着かせにかかるほどで、別室で待機している今も、彼等はその事実を上手く飲み込めないでいる。

 

 自ら離れようとしたのに、テレジアはまた戻ってきてしまった。

 

 そして今、オーナーの声を聞いてしまっている。

 

 彼女の中で、何かが解けていく。

 

 

「オーナー、あなたも私を求めてくれるの……?」

 

 

 テレジアは両手を伸ばし、オーナーの手を優しく包み込む。

 

 その暖かさに、彼女は淡く微笑んだ。

 そして彼女の思考は、彼女に似つかわしくない言い訳で染まっていく。

 

 自身の身勝手な想いだけならば、テレジアは諦められた。

 だがオーナーがそれを望むのならば、話は変わる。

 

 

 

「ねえ、オーナー? それなら私……諦めないわ」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。